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| 入試問題から見える洗足学園の未来のポジション |
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2006年2月7日 |
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◆ 今でも鎌倉女学院や湘南白百合が2月2日から入試を始めているのに、洗足学園は2月1日から始めて、堂々このポジショニングなのであるから、完全に学校選択者から期待と信頼と憧憬の気持ちを抱かれているといえる。 ◆ その理由は、大学進学実績の飛躍、生徒の成長を支えるアーティスティックな教育空間、先進的な英語教育と留学プログラム、創造的な教師の存在、進取の気性に富んだ経営陣、タフな頭脳とアクティブな表現力を持った在校生たちの存在などが挙げられよう。その証拠は、データや説明会の表現によって明らかなのであるが、最もそれが集約された形で現れているのが、学校の教育の顔である入試問題である。 ◆ 国語はエッセイと物語の2題構成だが、素材文の字数は両方合わせると7000字弱。(いわゆる)男子御三家並みの分量なのである。女子御三家はここまでいかない。記述問題も自分で説明する問題が5つ出題され、字数の上では全部で300字ほど書かねばならない。50分でこれほどの長文を読解する力と300字もの表現力が要求される。もちろん記述だけではなく、選択式問題や書き抜きの問題なども出題されているわけだから、相当タフな読解リテラシーが必要なのである。それに加え、素材文のテーマが特徴的だ。いずれも思考のパラドックス、人生におけるアンビバレンツが横たわっている文章が取り扱われているからである。高い問題意識も要求されるということなのである。 ◆ 算数は、論理を発見する問題が出題されるが、これは男子御三家に通じる問いかけ。特に1回目の2の(5)や2回目の最後の問題は、男子御三家でも出題される美しい問題。小川洋子さんの「博士の愛した数式」で扱われてもよいような「数の問い」である。幾何の問題には、それとなくフラクタルな要素が織り込まれている。算数でありながら、もはや有限の数の世界を越えて無限の世界の入り口に、生徒たちは立たされる。 ◆ 理科もおもしろい。実にチャレンジャブルな問いが仕掛けられている。仮説実験と認知の真偽の問いかけがベース。近代科学のものの見方・考え方のシミュレーションに洗足学園の生徒たちは入試の段階で突入することになる。科学史的にはデカルト的な発想を入試問題で体得することになる。認識と想像の違い。感覚による現象感知と法則による現象の再構成のズレ。この近代科学の出発点から始まり6年間で量子論や相対性理論、統合論などへと誘われていく生徒たちの知的成長が目に浮かぶようだ。 ◆ 社会はグローバリゼーション。そしてこのような広範囲な視野は「旅」がベース。その旅は共時空とともに通時空を経巡る。時間軸と空間軸が多様に交差したところで、問いが投げ掛けられる。洗足学園の入試の準備は、受験生にとって楽しいのではないだろうか。もちろん試験当日はそんなわけにはいかないが。その旅のストーリーは洗足学園の先生が編集したオリジナルの文章が出題されている。これはOECD/PISAの読解リテラシーの問題編集と同質。そういう意味でもグローバルだ。 ◆ 入試問題における問いの構造の質は、もはや女子御三家に匹敵すると考えてよい。ということは、入試問題は学校の教育の顔なのであるから、教育力も女子御三家に肩を並べているということになる。近い将来、洗足学園の偏差値ランキングのポジショニングは、もっと上がるということを示している。 ◆ ただし、洗足学園当局は、そういうポジショニングを考えているわけではない。伝統や大学実績や偏差値やOGの活躍や教育空間をかっこにいれたら何が残るか。もしかしたら女子御三家に残るものは優秀な生徒以外にないかもしれない。しかし洗足学園には、優秀な生徒とその生徒が新しい時代で活躍する潜在的才能を形として引き出す教育システムをプロデュースする教育デザイナーとしての教師陣が残る。洗足学園当局の思い描くポジショニングは、クリエイティブ・スクールとしての確固たる位置付けなのではあるまいか。 |
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