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| ≪未来を創る学校2005≫を振り返る(18) |
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2006年1月16日 |
| ◆ 軽井沢と言えば、やはり旧軽井沢。旧軽井沢で、日本の近代史は生まれたというのは大げさかもしれないが、軽井沢のバイブル「軽井沢の法則」を書いた三善里沙子さんはそのように語っている。
◆ 「そもそも近代の日本では、明治維新以後の華族たちや高級官僚、財閥、軍幹部などのある者たちが、婚姻関係を通じて、閉鎖的な特権グループをつくりあげていたのである。いわば上流階級である彼らが、旧軽井沢に別荘をつくり、近くの外国人たちとのつきあいを楽しむようになった。もちろんリベラル派の政治家、思想家たちも、軽井沢にはゴロゴロいた。そんな事実があるので、歴史が軽井沢でつくられた、という側面があるのも当然。たとえば伊藤博文は、異人種が雑居する軽井沢に日本の未来の縮図を読み取ろうとしたというし、近衛文麿は、敗戦まぎわまで軽井沢で和平工作をした。戦後、鳩山一郎は晴耕雨読の暮らしを楽しみながら、政策を練っていたという。」 ◆ 最近では盛田昭夫、服部禮次郎、石橋正二郎、佐治敬三など、大会社の会長レベルの住人が住みついている。ソニーの大賀典雄名誉会長が、コンサートホールを自前で立てるほど、そういうクラスの人々に愛されている。 ◆ この三善さんの論法で大事なことは、高級官僚もリベラルな思想家も外国人も同居していたという記述。なぜ同居できたのか。それは受けとめ方の違いはあるが、A.C.ショーに代表される英国聖公会の精神をアイデンティティとしてもったからである。だから日本近代の歴史は軽井沢で生まれたのであろう。 ◆ 軽井沢という場を教育で活用するというのは、単純に避暑地で自然がいっぱいという程度のことではないのである。学校の寮は軽井沢以外にも多々あるが、軽井沢を活用している意義は格別なのである。三善さんはおもしろいことを他のところで述べている。高級と成金とは違うと。前者は軽井沢族で、後者は熱海族だということらしい。 ◆ さて、どこが≪未来を創る学校≫の話しかというと、いうまでもなく鳩山一郎。この総理大臣を生んだご母堂さまが、共立女子を創った春子である。以来共立グループの理事長は鳩山家あるいは鳩山家縁の人材である。したがって、旧軽井沢に共立女子も寮を所有している。 ◆ 昨日(06/01/15)共立女子では帰国生入試が行われた。特に帰国生のクラスを設置していないのに、多くの生徒が応募してくる。54人受験したそうだ。その理由は、共立女子の校風の中に、近代を形成する1場面の軽井沢の精神や理想的な文化的な香りが存在し続けているからだろう。今の軽井沢には細々としか残っていないかもしれないが、鳩山一郎が晴耕雨読をしながら理想の日本や世界を創りあげようとしていた気風がである。 (つづく) |
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