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| ≪未来を創る学校2005≫を振り返る(12) |
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2006年1月10日 |
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◆ クリエイティブ・スクールで想起するといえば、共立女子もそうだ。完全中高一貫校として再構築されるのだが、個人的にはこの再構築は脱構築という飛躍になることを期待している。共立女子の中学時代は、とにかく論理と創造とコミュニケーションだ。
◆ 国語の「ともだち」という作文集は、単純な独白作文集では実はない。多角的な連想とそれを自分の感覚にいったん凝縮して、再び他者に折れ返すというある意味ストーリー仕立てのイメージになっている。なぜならこの作文集は国語の授業でテキストとして取り扱われることになっているからだ。 ◆ あらゆる体験や読書、対話が1人ひとりの生徒にインプットされアウトプットされるのだが、一般的にはそこで終わるのに、共立女子はそこからいよいよ始まるのである。これは数学でも同じだ。コミュニケーションによる数学授業というのが共立女子中学の授業の特徴だが、解いて終わるのではなく、そこからが始まりなのである。 ◆ 美術もそうだ。あらゆる素材であらゆる角度から表現するカリキュラムが組み立てられているが、表現して終わりなのではない。振り返るとそれは近代の認知と表現の歴史を歩んできたことに生徒たちは気付く。世界の歴史の中で自分が位置している認識構造と表現という存在のあり方のポジショニングに気付く(ある意味愕然とする)のである。そのポジショニングは選んで生まれてきたのではない。その確認から自己の歴史は始まる。これが本当のグローバルな視野に立つ学びなのかもしれない。この世界史を背負った自己を創造し直す(少し大げさかもしれないが)美術のプログラムは、 ◆ 一方、高校ではあらゆる教科を貫く知のインターフェイスをベースとした論文編集体験が始まる。そして英語という教科では、言語と社会の問題を結びつけたグローバル・ベーシスを養うプログラムと独自の教材が編集されている。本当に創造的な学びの条件が学内にそろっている。 ◆ 学内だけではない。学外の環境もよい。神田の古本屋街、江戸城の外郭、東大本郷、毎日新聞社、竹橋の近代美術館、靖国神社など知的環境に恵まれ、かつ国際問題と対峙せざるを得ない地政学的環境でもある。 ◆ これらのすべての条件が完全に統合されるというのが共立女子の完全中高一貫校のねらいだろう。
(つづく) |
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