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| 夏のビジネス各誌が掲載する「学習の仕方」は学校のケースとは違う?(2) |
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2005年8月23日 |
| ◆ ビジネス誌「プレジデント(2005・8.29)」の特集テーマは、「最新→学び方」。学び方のコツは「小分け目標設定」と「置き換えの技術」とある。この特集はなかなかよい。というのは、それこそちょっとトランスフォームすれば、大人ばかりか子どもたちの学習にもあてはまるからだ。大事なことはちょっと置き換えるということ。ここに企業と教育における学びの違いがある。これを無視しないこと。子どもの目線でといったとき、大人の論理をやさしい言い回しで伝えるということなどを言うのではない。理解のカテゴリーが大人と子どもとでは違う。その差異を無視しないようにということ。いやその差異を発見しようと言うことなのだが、そこを勘違いしないことが肝要だ。
◆ さて、89年ベルリンの壁が崩れ、日本のバブル経済がはじけ、何も勉強しなくても与えられた仕事をこなしていれば生きていける企業観も崩れてしまった。企業においても勉強はますます必要。しかし、「そもそも勉強にメリットを期待しない人や勉強不足を感じている人、勉強が足りているかどうかさえわからない人が多いのはなぜか。このポイントを読み解くポイントは、勉強をどうとらえるかにある」というところからこの特集は始まっているが、この勉強のとらえ方はわかりやすい。4つに分けて考察しているが、この分類を座標系で表現しているので、まずはそれを見てみよう。
◆ この座標系の見方については、こうある。「勉強の目標が具体的で、勉強が楽しいと感じる人は『勉強の達人(A)』である。目標は具体的でも、勉強を楽しんでいない人は、『達成感型(C)』だ。試験勉強などもここに入る。逆に目標は曖昧でも、ともかく楽しいという勉強は『趣味型(B)』。子育てを終えた女性やリタイアしたサラリーマンが教養系の勉強に目覚めたりするケースも含まれる。一番問題なのは、目標が曖昧で勉強を苦痛と感じている『(勉強を)しなければならない症候群(D)』だ。自発的な動機以外の外からの圧力で勉強を強いられているか、そもそも仕事に役立つ勉強や実利に結びつく勉強を毛嫌いしている人たちである。」 ◆ そして、オレンジの矢印にあるように、Dの「しなければならない症候群」の人たちは、BやCの人たちとはちがって、一足飛びにAになれないと断言されてしまう。 ◆ BやCの人たちは、「目標を小分けに」したり、「いやいややっていることを楽しいことに置き換え」たりすれば、Aに飛べると言う論理である。ところがおもしろいことに、「日本人は一般的にいって、勉強そのものを楽しむことが下手である。」という見解である。ということはほとんどのCやDの日本人は、Aに飛べないことになる。Cはもともと勉強は楽しくないと思っているのだから、楽しいと置き換えられないならば、いかに目標を小分けにしても、Aには近づけない。AやBの人がどのくらいいるのか、本書ではアンケートの結果は公表されていないが、「あなたは現在の自分の勉強量に満足しているかというアンケート調査では、満足していると答えた人は13%という結果になっている。 ◆ 13%しか「勉強の達人」になれないということか?この数字は首都圏私立中高一貫校の実質受験率に相当するのだが、これは何か関係あるだろうか。それはともかく、「勉強の達人」への道という座標系はおもしろい視点であったのだが、これを教育の学びの世界にそのまま導入したらえらいことになる。救われない子どもたちが80%以上生まれるからだ。 ◆ 導入するにはちょっとだけトランスフォームする必要がある。この特集で表現されている座標系の前提は大人が1人で勉強する環境が設定されている。大人は1人で勉強すると言っても、自問自答する内在的対話ロールプレイを通してコミュニケーションをしながら学習している。学習とは基本的にはQandAの連鎖であるから、コミュニケーションのあり方によって、楽しくも楽しくなくもなる。子どもの場合は、まだ内在的対話ロールプレイが熟していないから、実際に友達同士、教師と子ども、親と子ども、外国人と子どもというように多次元の対話体験が必要。しかし今の教育における学習は、この多次元の対話体験が不足している。 ◆ だから「勉強の達人」への道座標系のように、Dの「しなければならない症候群」をたくさん生み出し、結局救えないという結論に到っている。ところが多次元の対話体験の環境を設定すれば、「勉強の達人」への道座標系は次のような「コミュニケーションの達人」への道座標系にTranscendする。
◆ 勉強や学習の過程に、チーム学習のようなコミュニケーション環境を設定すると、チームの中で4つのコミュニケーションがゆらぐ。どれがよいかではなく、どこに重点を置く関係がチーム内で形成されるかがポイント。抑圧型コミュニケーションのスタイルをとっていた子ども(実は大人も)は、「しなければならない症候群」から解放されるようなコミュニケーションスタイルがあるということをチームの中で実感できるし、同時に「抑圧型コミュニケーション」もなければものごとは何もできないという実感も抱く。このコミュニケーション体験が重要。楽しくないという感情を「善玉ストレス」に置き換えるのだが、これは理屈で考えるのではなく、エモーショナルに感じるのである。そのとたんDは一足飛びにAに向かう可能性も大。企業と教育の小さな違い、そして大変重要なポイントは、すべての子どもたちが救われるかどうかなのである。 |
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