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今から米国に20年遅れることが予想できる日本とは何だろう。

2005年5月19日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 内閣府は2030年に向けて「日本21世紀ビジョン」(2005年5月9日)という報告書をまとめた。しかしその3ヶ月前の2月11日に、いわゆる米国経済白書(The Annual Report of The Council of Economic Advisers)が報告されている。こちらは2010年までの展望をまとめたものである。

◆ 両書を読み比べてみると愕然とする。日本は2030年になっても米国のパラダイムを実現していないのである。20年以上も遅れるというわけだ。なるほどこれは米国がドル安をドル高にしていけるわけである。

◆ なんといっても米国経済白書は具体的だ。アフリカを中心とする発展途上国におけるHIV/AIDS感染者の激増は世界的な経済と教育危機を生み出すから、この撲滅を米国外交政策の最優先課題に置くというのである。

◆ 日本には関係ない話と思うかもしれないが、日本でも年々感染者は増えているのである。しかし撲滅を外交政策の最優先課題にするなどという議論は「日本21世紀ビジョン」にはない。負け組みの絶望が社会を引き裂くという希望格差社会をなんとかしなければという寝ぼけたことを問題にしている。自分の意志にはかかわりなく突然死が自分を襲う。この絶望的状況をどのように乗り越えるか。そこに米国政府はチャレンジするというのだから説得力がある。しかし、決してこの撲滅の真意はわかりやすい論理ではない。

◆ たいへんな米国の世界の覇権を維持する戦略だからである。これをどのように評価するか、これまたたいへんな難問である。しかし、世界の問題を救うことが米国の覇権を保守することであるという荒唐無稽とも思える二律背反を乗り越える知略のパワーが「日本21世紀ビジョン」にはなさすぎる。

◆ 米国が覇権を維持することは、世界を搾取することにつながるはずなのだが、その逆だという理論を支えるのは、医療技術の創造的な営みによるというのだ。エイズ・ワクチンの開発がそれである。もちろんウガンダの成功事例をあげるのを忘れない。情報公開やオープンなコミュニケーションという社会的ワクチンの前提を忘れないのである。

◆ そしてその背景には、もちろん知的所有権の保護がある。エイズ・ワクチンであれ社会的ワクチンであれ、その根元はアイディアであり創造的な営みでありイノベーションであり、それは知的所有権なのである。知的所有権の促進は、必ずしもエイズ・ワクチンを開発することにはつながらないというチェックまでしつつ、この知的所有権を米国経済の最優先商品としていこうという戦略なのである。

◆ つまり米国はついにモノとしての所有権から知としての所有権のパラダイムに完全にシフトしたことを宣言しているのである。もはや自動車産業に頼ることなく、知的所有権の経済社会に突入した。この知的所有権を自在に活用できるクラスがクリエイティブ・クラスである。しかし一方日本は2030年になってもモノ作り国家である。それが創造的だと考えているようだ。創造の創造をする米国に比して、創造されたもので創造するという日本。ソフトもハードも作るという点において創造的だから、日本はソフトベースな社会へシフトできるというビジョンを持っているつもりであるが、米国に比べるとハードベースなのである。

◆ ハードは幾何級数的に経済を豊かにはしない。実に地味にお金を回収するシステムしか構築できない。それゆえ借金大国日本の経済を好転させるのには時間があまりにかかりすぎる。しかしソフトは幾何級数的に経済を豊かにする。それゆえ米国は財政赤字を解消する方向に走ることができるというのだろう。税制改革、教育改革、貿易問題も、ITの問題も、移民問題も、みなこの知的所有権を生み出し、それが錬金術になるように方向付けられているのが米国の発想である。しかし、日本は移民問題へのチャレンジではなく、観光立国を目指している。米国の移民問題改革は、知的所有権を生み出す大量の人材がいかに米国にやってきやすいかを考えているのに対して、日本は大量の観光客を呼んでお金を落とさせようという発想。しかしおもしろくなければ外国人は訪れないだろう。そのおもしろさは創造的営みのはずである。

◆ そうはいうものの、ドル高、財政赤字の解消という米国のシナリオは、「日本21世紀ビジョン」をある意味後押しする論理でもある。円が安くなければ観光客は訪れにくい。日本はお宝鑑定という文化遺産で乗り切ろうと言う腹なのだろう。創造的人材は、海外に流出せざるを得ない。米国は行きやすくなるのである。創造的人材にとって、米国は錬金術が可能なのである。円安であろうが関係ない。米国でクリエイティブクラスの一員になれば、幾何級数的に所得は増えるのだ。

◆ これが21世紀は教育の世紀と呼ばれる本当の意味なのである。教育が経済に大きく影響するという米国や英国の発想はここにある。この創造的人材を育成できるあらゆる教育のチャンスを仕掛けるということ。あらゆる領域でということが肝心なのである。教科の勉強に限定するのではないのである。しかし、日本の教育の世紀は創造的人材を封じ込める方向性で動いているとしか思えないような反動的な動きがときどき息を吹き返す。

◆ 階層二極化に危機感を抱いている日本の社会学者。それより大変なのは、米国を中心とする欧米諸国というクリエイティブクラスと日本というワーキング・クラスという「文化階級の二極化」が2010年から2030年の間にはっきりと隈どられるということなのだ。この格差の間に中国が割り込んでくる。そしてその背後に南北問題は拡大している。このままいったら経済の二極化に知の二極化という二重の階級二極化が2030年に白日の下にさらされるのである。


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