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| 2005/04/09週刊ダイヤモンドはおもしろい〜本当の学力の探究特集 |
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2005年4月5日 |
| ◆ 2005/04/09週刊ダイヤモンドはおもしろい。「息子・娘を入れたい学校・・・・・・偏差値や巷の人気だけでなく、確かな学校選びの基準を持つのは親の務めである」という考え方を前提に、私立公立を問わず日本全国の力のある中高をいろいろな角度からチェックしている。
◆ トータルな≪学校選択リテラシー≫を概観するものではないが、受験情報誌でも、このような情報編集をしたものはかつてないだろう。日野原重明氏や中村修二氏、乙武洋匡氏などの見識者に究極の授業について取材もしている。日本のみならず韓国や中国の教育も幅広く取材している。 ◆ 全体としては、知識偏重型の教育ではなく自分で考え、公共的な自分を確立していく普遍的かつ優れた精神を持った才能豊かな知識人教育の実践のケースメソッドになっている。OECD/PISAの報告書を読み誤り、揺れ動いた文部科学省というか中山文部科学大臣に、「本当の学力」の流れを突きつける編集になっている。 ◆ もちろん、私立中高の財務情報も読むことを奨励したり(というよりこの情報が公開を義務づけられるようになったという規制緩和がすごいことなのだが)、特集以外のコラムで、ドラッガーの経営学を紹介しているところあたりは、日本の教育路線をアメリカ型に誘導する操作性を感じないわけにはいかない。しかし、「知識労働者は、自らすべきことは上司ではなく、知識によって、人によってではなく目的によって規定されることを要求する」というドラッガーの考え方は否定できないし、むしろ歓迎すべきことだ。それに、「名著再読」のコーナーでは、ホイジンガーの「ホモ・ルーデンス」を紹介している。経済社会以外にも遊びという文化社会の存在も考えるきっかけになる本だ。教育的な文脈で言えば「遊びと学び」ということがテーマになっている。 ◆ ダイヤモンドの編集者の中には、慧眼の持ち主がいるということだろう。さて同誌の中に中高一貫校アンケートが報告されている。「"本当の学力"とは何であると考えますか。貴校の定義するところを教えてください」というクエスチョンを投げかけたそうである。この質問に200校強の学校が回答した。これは説得力がある。 ◆ たとえば、成城は「知識不足では思考の幅が狭くなり、語彙が少なければ表現力にも劣る。計算力が貧困なら、試行錯誤に陥る。基本は読み書き計算であり、これを小学校・中学校で確実に身につける事が大切である。これらを捨象して『自ら学び自ら考える』といっても無理である」と回答している。試行錯誤しながら知識と知識の関係をつないでいく、その過程の中で、生きた知識が広がり深まり、応用力や表現力が螺旋的に豊かになっていくという考え方とは、まったく反対であり、ここまではっきりしているのは小気味がよい。こういう「知識型」学力観も1つの選択肢であろう。 ◆ これに対して栄光学園は「知識や技能を身につけようと格闘することで生まれる文章読解力、論述力、批判的思考力、問題追求力。さらに新しいものを学ぶための力、学習意欲、知的好奇心、学習計画力、方法論、集中力、持続力、コミュニケーション力などである。本当の学力は、生きていく力、つまり自ら考え、判断し、実行し、結果に責任を取ることに結びつかねなければならない」と回答。成城とは全く対照的だ。記憶した知識の量ではなく、知識の関係付けのプロセス・マネジメントに本当の学力をみている。「関係型」学力と呼んでおこう。栄光学園の中学入試で扱われている知識自体は、学校の教科書内のものばかり。しかし、その知識と知識の「間」について記述させる本当の学力を測る問題を投げかけてくる。本当の学力を持った教師陣の存在が入試問題から見えてくるのである。 ◆ 「知識型」と「関係型」とでてくれば、必ずこれら両方のバランスをとる「統合型」学力観がでてくる。聖光学院は「(1)日々の学習で得た知識が有機的に結合し、"他人に語ることのできる知識"であること(単に"知っている"="わかった"と勘違いする生徒を育てたくない)。(2)結論に至るアプローチの長い思考ができること(筋道を立てて論理的に考えないと「気持ちが悪い」と思う生徒を育てたい)(3)広い教養と感動する心を身につけること。」と回答している。「関係型」にベクトルは寄ってはいるが、栄光学園と比べるとそのバランスは聖光学院のほうがよいだろう。 ◆ 【グラフ1】は、同誌のアンケートを「知識型」「関係型」「統合型」にカテゴリー分析した結果である。これによるとどれが良いか悪いかではなく、時代の学力観は、「学力低下論者」や「総合学習廃止論者」とは全く違う方向であることがわかる。「関係型」や「統合型」を廃止して「知識型」に特化しようというのは全体主義的な方策になる恐れがある。どこの学校を選択するかは学習者の目線で考えなくてはならない。そしてその選択を可能にするには、多様な選択肢を用意することが肝要である。文部科学省にはくれぐれも舵取りを間違えないで欲しいものである。
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