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| フィンランドの教育の本音(1)〜社会システム抜きでは語れない |
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2005年3月16日 |
| ◆ OECD/PISAのフィンランド教育の成功についての報告は、日本やドイツ、アメリカ、イギリスの教育関係者や子どもたち、そしてその保護者に衝撃を与えた。「フィンランドショック(以降Fショック)」とでも呼んでおこう。訪問中にもフィンランドの首都ヘルシンキでは、国際PISA会議が行われていたし、フィンランドの国家教育委員会にはあまりに訪問者が多く、説明は有料にせざるを得ないほど注目されていることは確かだ。
◆ しかし、このFショック、どうも各国の政治政策ネタになっていて、本当のところは語られていない。Fショックは、フィンランド人にとってこそ衝撃だったようだ。というのも、PISAによるフィンランド教育の成功の報告は、現場ではピンとこないものだからだ。 ◆ フィンランドの総合制学習が注目を浴びているが、そもそもフィンランドの学習それ自体が、すべて総合学習的であり、PISAにおいて高スコアをあげるための特別な科目なのではないようだ。つまりあらゆる教科を運営する際の学習行為の概念である。Studying Planのコンセプトで、日本の「総合的な学習の時間」のように独立して教科のような機能を果たしているわけではない。それゆえ、フィンランド語で、日本の「総合的な学習」にあたる用語は"Aihekokonaisuudet"という動詞的な表現なのである。 ◆ SCC(School and Classroom Climate:学級雰囲気)も、特別なコミュニケーションを巧んで形成しているわけではない。高い税金を払うことによる将来の厚生年金の保障は、実質的な平等に支えられている。市場経済が基本だが、税金が高いために個人商店(今はベンチャーと言った方がよいのか)か極端な大企業(ノキアのように)しか育たない。中小企業は育たないのである。ノキアの成功はコンテンツではなく生きるためのメディアツールを創ったところにあるだろう。コンテンツは自作のものより海外もの。だから外資が当然多くなる。日本とは資本主義とはいっても少し異なる経済社会的システムなのである。 ◆ それ故、必然的にフィンランド人の生き方は、協働的になる。同じ市場の経済でも、アメリカや日本のような競争的市場ではない。協働的市場なのだ。この市場は国や自治体、外国資本が市民と協働的に支えないとフィンランドでは成り立たない。このことを少し考えると、フィンランドの中での平等概念は、決してグローバルな意味で平等を意味するわけではないことも見えてくるが、いずれこのことは考えることにして、ここでは指摘だけに留めておこう。 ◆ さて、協働の条件は「選択」である。あらゆるところで「選択」志向が存在する。「選択」が存在するには「選択肢」が多様でなければならない。しかし、日本のように人口の多いところでは、選択肢は無限で、混乱を恐れるあまり、どうしても国や自治体中心主義的選択条件になってしまう。人口600万弱のフィンランドではそれも可能だ。たとえば、とにかく教科内の選択項目が多い。日本の場合、必須教科と選択教科というわけ方だが、フィンランドの今年から実施される新しいカリキュラムは、教科内の必須項目と選択項目が入り組んでいる。 ◆ 日本ではデノテーション的細分化であるが、フィンランドではコノテーション的な細分化である。デノテーションだけの結合は、モザイク的にすぎず統合的ではないが、デノテーションとコノテーションの統合はまさにクロス・カリキュラム・コンピテンスにつながる。フィンランドの教育の根底にはヘーゲル的思想があると大使館の人がどこかで語っているが、こういう弁証法的な発想は、もはや日本にはない。この点においても、日本はフィンランドの"Aihekokonaisuudet"をいくら学んでもわかり得ない壁が存在する。 ◆ しかし、フィンランドの教育は、OECD/PISAで成功するための教育を形成してきたわけではなく、単純にスコアが高かったからといって、フィンランドの教育はあたかも理想的であるかのような取り扱いは大変な誤解を生む。 ◆ フィンランドの教育は、ある理想を追求するための、他の国にはない教育ではなく、フィンランドの歴史的・経済社会的システムと相互に影響し合う市民の手作りの教育システムである。学習者の志向に合わせた徹底した「選択肢」を増やす教育であるが、どんなシステムにも問題はある。ところがPISA報告の取り扱い方によっては、その問題が見えなくなってしまう。 ◆ むしろ、フィンランドも日本と同じような教育問題が起きている。ただ、その生まれる条件が違うから、互いにその処方箋を参考にしながらも、問題解決方法は自ずと違ってくるのである。 ◆ Fショックは、フィンランドの教育の内容のすばらしさ探索よりも、教育と相互に影響し合っている経済社会的システムの差異と問題の生まれ方のプロセスの違いを探究するきっかけなのである。 |
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