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OECDのPISAを超える中学入試問題
§1〜まずPISAの問題はいかなる性質の問題か

2005年1月6日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 昨年末、OECDの2003年学習到達度調査(PISA)の結果が報告され、世の中は騒然とした。文部科学省もどうやらあわてたようだ。東京大学の教育社会学者苅谷剛彦氏を筆頭に、やはり学力低下は深刻である、文部科学省よ基礎基本をもっとトレーニングしなさいというグループと京都大学の教育社会学者竹内洋氏に代表されるように、学力低下は顕著だが、うろたえてはいけない、焦ってかつての日本近代官僚教育システムに戻るのはいかがなものかというグループに分かれ、世を二分して論議を呼んだ。

◆ しかし、それは言うまでもなく、≪議論≫などという代物ではない。見識者のコメントを対立構造に仕立て上げたマスコミの巧みな編集に過ぎない。だいたいどんな学力が低下したかという真剣な議論がなされていない。OECDのPISAの結果で学力低下の結果がでたから、基礎基本が大事だと、あるテレビ番組では、かわいそうに蔭山英男先生が担ぎ出されて、漢字と計算を一生懸命にやらせないといけないという流れでコメントを無理やり言わされていた。

◆ これは不思議な文脈だ。だいたいOECDのPISAで出題される読解リテラシーや数学リテラシーを調査する問題に、漢字の読み書きを問う問題や単純な計算問題はないだろう。OECD加盟国とそのパートナーの国々に漢字が読めるか書けるかなどは問わないのは当たり前だろうし、同様に計算の速さや正確さという機械的技術を問う問題も出題されない。数学的思考の技術を問うているのだから。だいいち計算そのものの方法は、国によって違い、必ずしも普遍的方法論ではあるまい。日本の掛け算の九九(インドはもっとすごい)はそれなりに便利であるが、その便利さを競うような問題が出されるわけは、PISAのように国を越境する調査の場合は、ありえないだろう。

◆ また、学力低下が明らかになったのだから、「総合的な学習の時間」を減らそうという文脈も再燃しているが、PISAで出題されている問題は、「総合的な思考力や表現力、判断力」をどのくらい有しているかを調査する問題になっているのに、その問題ができなかったのは、「総合的な学習の時間」が出現したせいだと言うのだから、なにかおかしくないか。

◆ 苅谷氏は優秀な社会学者という評判である。データに基づいて教育という領域にも切り込まねばならないと提唱する教育学者である。実はPISAの有能なプロデューサー「OECD/教育局/指標分析課長 アンドレア・シュライヒャー氏」もデータに基づいて子どもたちの学力や教育について語らない者は単純に個人的な意見を語っているに過ぎないと苅谷氏と同趣旨の考えを持っている。

◆ しかしだ。苅谷氏グループの学力低下を論じる際の調査テストなるものは、いわゆる従来型のテストで、読み書き算数という基礎基本(OECDのPISA習熟度6レベルのうち1〜3。これについては【表−1】【表−2】参照)を対象としたものである。一方PISAの問題はさらに思考のプロセス、論理展開、発想などの次元の高い(しかし問題として難しいということではない)問いかけにどう対応するかを調査する新しいスタイルのテストである。

◆ そもそも異なる次元の調査アイテムを使いながら、同じような感覚でデータを読むというのは、データに基づいて結論を導き出すという両者の考え方は似ていても非なるものがあるのではなかろうか。苅谷氏グループが論じることができるのは、OECDの習熟度指標レベル3までである。【グラフ1】でみるとレベル2までは増えている。レベル3から4は減っている。このデータによると、今後たしかにレベル3は基礎基本をトレーニングしなければという提唱にはあてはまる。しかし、1や2は増えているから、ある程度ねらいどおりではないか。

【グラフ-1】

◆ 「基礎基本をきちとんとやっていれば、1と2レベルの問題は修得できるようになるという証しである。ただし、それだけでは、レベル3はうまくいかない。」という結果がでているだけのことではないか。だいたいレベル3を目標にしているのだから、このような結果になるのは統計学上当たり前のような気がしてならず、基礎基本教育政策は順風満帆なのではないだろうか。

◆ ところがである。これはドメスティックな、つまり日本の国の事情=形式的平等教育行政の台所事情だけからすればという話である。国際教育情報室長岡部憲治氏が言うように、BRICsが育成しようという人材の知のレベルは4以上である。それでもまだ私たちの国はレベル1〜3をトレーニングすれば、やがては4以上もできるようになると迂遠なことを言っているのだろうか。

◆ イギリスだってアメリカだって基礎基本を懸命になっているじゃないか、日本も総合的な学習の時間を減らして基礎基本を懸命にやろうと本気で考えているのだろうか。両国は移民の問題を抱えているのだ。少子高齢化大国日本もそろそろ考えなくてはならないから、基礎基本をきちんとやるのは構わないだろう。ただ、それと総合的な学習の時間を減らすというのはどこかおかしい。というのも、イギリスではトピック学習、アメリカではプロジェクト・ベースド学習といって、レベル4以上の問いかけに対応できる人材や能力を育成する学習環境が厳然としてあるのである。日本でもコミュニティ・スクールが騒がれているけれど、そのモデルはアメリカのチャーター・スクールで、上手く運営されているチャーター・スクールは、このような学習環境を作っているというのは周知の事実だろう。

◆ 片方では基礎基本、もう片方ではコミュニティ・スクールと別ベクトルのことを言いながら、やることは同じというのはどういうことだ。何を言っているのだ。アメリカもOECDのPISAでは実績が上がっていなくて、日本同様騒然としているではないかと反論がありそうだ。その通り、しかし基礎基本だけではなく、総合的な知性も大事だという両方が存在するのがアメリカである。MITのシーモア・パパート氏やHPのアラン・ケイ氏が子どもたちにPISAのレベル4以上の知性を引き出す環境を作っていることに対し反対する人がそう多くはいないだろう。

◆ 読解リテラシーのレベル5の割合が高いフィンランド、韓国、ニュージーランドなどは基礎基本だけを行っているのだろうか。北欧の国々、ニュージーランド、オーストラリアの学習環境はレベル4以上に重点が置かれているというのは有名だ。韓国はどうだろう。確か学校5日制を採用しているのではないだろうか。イギリスはそもそもPISAを相手にしているかどうかは疑問である。階級差がまだまだ是正されていないから、パブリックスクールやグラマースクールの生徒だけ挑戦させるのなら問題ないだろうが、国際定義でそうはいかないのだから、結果は火を見るより明らか。積極的に取り組んでいない可能性がある。

◆ フランスの小学校の基礎基本は実はレベル4以上の学習環境のことを指している。しかしこの国もグランゼコールに進む生徒以外は、そう躍起とならないのではないだろうか。とにかく休暇が多いし、学校週4日制を採用するかどうかという議論が行われているほどである。PISAに参加し、それほどの実績があがらないからといって、大騒ぎはしないだろう。

◆ ドイツは、日本やアメリカと同様の反応をしたようだ。しかし、この国もかなり改革が実行されているとはいえ、かつてのマイスター制度とエリート養成ギムナジウムに象徴されているように、イギリスと同じような状況があるのだろう。宗教教育が憲法で規定されているのは、私たちの国とは大きく違う。シュタイナー学校が年々増えているのもおもしろい流れだ。レベル1〜3の基礎基本だけでよいという考え方はしていない。

◆ どうも日本は極端だ。PISAでいうレベル3までの基礎基本を身に付ければよいという発想は貧困だ。PISAの成績がどうあれ、他の国々はレベル4以上の学習環境を整備しようとしているのに、日本の教育行政や見識者は、自ら知的後退国の道を進もうとしているようにしか見えないのは私だけだろうか。

【表-1】


【表-2】

※ 【表−1】【表−2】はPISA2003"Learning for Tomorrow's World"の数学リテラシーのレベル分けの表(47ページ)と読解リテラシーのレベル分けの表(274ページ)を参考にし、実際のPISAの問題とPISAの生徒たちの認知反応や思考過程のカテゴリーの仮説を照合させながら、本間がまとめた。レポートでは数学リテラシーはレベルを6つに読解リテラシーは5つに分けられているが、6つに合わせることによって、各リテラシー横断的な比較考慮ができるし、数学的思考のほうが構造的に分けやすいので、あえて数学的リテラシーのレベル分けに統合した。
膨大なPISAのレポートをすべて読みきっていない現段階では、かなり不完全ではあるが、PISAの問題がどういうレベルを仕掛けているのか論じられていない状況にあって、議論を深めるきっかけになればと思いまずは仮説として作成することにした。PISAのレポートの日本語訳や報告書の背景についてサポートしてくれたのは当教育研究所で、実際にレベル4以上の学習プログラムの企画・編集・運営を実施している統括学習プログラムディレクターの石井麻美氏である。

※ 欧米の教育事情に関しては、当教育研究所のフィールドワーク的リサーチをベースにしているが、次の著書は非常に参考になった。

(1) 吉田新一郎著「いい学校の選び方−子どものニーズにどう応えるか」中公新書2004
(2) 下條美智彦著「ヨーロッパの教育現場から」春風社2003
(3) アーネ・リンドクウィスト、ヤン・ウェステル著、川上邦夫訳「『あなた自身の社会』スウェーデンの中学教科書」新評社2000
(4) Alison Wolf'Does Education Matter? myths about education and economic growth'Penguin Books, 2002
(5) Jeannie Oakes, Martin Lipton 'Teaching to change the world second edition'McGrawHill, 2003
(6) Susan Hart, Annabelle Dixon, Mary Jane Drummond, and Donald Mclntyre 'Learning without Limits' McGrawHill, 2004
(7) Anthony Giddens 'Where Now for New Labours?'polity, 2002
(8) Allen J. Scott 'Global City-Regions Trend, Theory, Policy'OXFORD, 2001

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