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教育2006年問題 
§1「大学2006年問題」ではなく「教育2006年問題」

2003年1月14日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

■ 「大学2006年問題」という言葉がある。今年2003年から高校で新学習指導要領が実施されるが、何せご承知のように「超ゆとり教育」。そんな学生たちが大学に入学する2006年には、大学生の学力低下がますます加速すると懸念されているのである。

■ そこで2006年から大学は入試制度を変更しなければならないと、今から大騒動らしい。東京大学も例外ではないようだ。朝日新聞(2003年1月6日)によると「東京大学は、大学入学後に文系、理系の枠を飛び越えて針路変更ができる制度を2006年度の新入生から新設する」という。「変更枠は学部・学科定員の30%。受験で文系、理系が決まってしまう『常識』に風穴を開け、広い視野を持った人材を養成するのが狙いだ」というのだ。

■ しかしこれはどういうことだろう。新学習指導要領で実施されているあの悪評判の「総合的な学習」に対応すると言っているように聞こえるのだが、それは違うだろうか。とすると東京大学は「総合的な学習」は、本当のところ学力を低下させないとでも考え直したのだろうか。

■ 残念ながらそうではない。「大学2006年問題」を叫んでいる大学は、実力が中途半端なところが多い。「総合的な学習」は実は本当に学力がある生徒たちにとっては、おもしろいし、複眼的な思考ができる機会である。そうでない生徒たちにとってはとても退屈な学習かお遊び体験ぐらいにしか感じられない時間だ。もっとも、後者については、複眼的な思考をして学習プログラムを組み立てるトレーニングが教師の側にできていないということであろうが。麻布の生徒などは、新学習指導要領は歓迎すべきなんだ。教育の30%自由化なんだからと考える。筑波大附属駒場の生徒も、学習指導要領を逸脱しないで授業はやってください。そこから先は自分たちでやるんですからという本物の自立した学習者。

■ かくして、「総合的な学習」は、知の二極化を果たすメディアなのである。平均すれば学力は下がるだろう。しかし、卓越した人材も従来に比べ多くなる。東京大学はそこのところを実によくわきまえているというわけである。2006年は、大学に学力の低い学生が集まってくるという問題ではなく、また、従来のような知識力のピラミッド型の位階秩序というものでもなく、知の二極化が目に見えるように現象するということだ。


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