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私学を支援する新しい外部ネットワークを求めて
-どういう質の外部ネットワークと協働しているかが学校選択の鍵になるかもしれない

2002年04月04日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)

◆ 現在、誰もが知っているように、日本の学校は、大学改革や公立の中高一貫校の設置、少子化や不況、いじめや不登校などさまざまな問題に取り囲まれている。私立中高一貫校といえども例外ではないし、むしろ切実だ。このような問題が、教育の論理だけではなく、生徒募集という経営の理屈にも影響を与える場合があるからだ。そういう場合、学内で議論をして、学内の自助努力で乗り越えなければならないのは言うまでもないが、自分で自分の髪の毛を引っ張って、混沌の沼から抜け出ようとしてもなかなか難しいという状況も意外と多い。

◆ そういう場合、外部のネットワークとコラボレートして解決していく、あるいは外圧を利用するという手法が取られるのが一般的である。もちろん、そのほとんどの場合、教育コンサルタント的な売込みのほうが先行的に学校にアクセスしていく。問題解決は商売になるらしい。

◆ そのような外部ネットワークとしては、従来から、大学の教授や教育コンサルタント、広告代理店、金融関連のシンクタンクなどがあったわけであるが、学内の先生方の悩みに届く提案となっていたかどうかは疑問である。よい話や緻密なアンケート分析データは入手できるけれども、果たしてどの程度役に立つのか。たいていの場合は、企業向けのビジネス・マネジメント手法の横流しである。ハーバード・ビジネス・レビューなどは今では日本語訳が出ているが、それをそのまま鵜呑みにして要約して提案してくるような教育コンサルタントもどきは困ったものである。またそれをありがたがる方にも問題はある。

◆ このようなコンサルタントは、結局問題を解決するのは最前線の先生方ご自身ですと言って、共に汗を流すということはしない。外部のネットワーク側も受け入れる先生側も最前線のフィールドではコミュニケーションができないのである。直接コミュニケーションをとるのを避けるから、最前線でがんばっている教員たちは、外部ネットワークに対するネガティブな幻想をどんどん作っていくことになる。かりに直接コミュニケーションをとったとしても、信頼関係をつくるのに時間をかけないから、外圧としか受け止められず、抵抗勢力が学校の内部にできてしまう。従来の外部ネットワークとしての企業や日本のNPO、大学は、市場の失敗や市民のニーズに応えられない政府の公共サービス事業の延長上から自らが離脱できていないわけだから当然の成り行きなのだが、そういうことを予測できずに、従来型の教育コンサルタントを導入する学校経営陣は残念ながら短慮の持ち主としかいえない。だからこそ商売気を出す従来型のコンサルタントは後を絶たないのだろうが。

◆ そうは言っても、外部のブレーンと交流することは避けられないし、大事でもある。ハイブリッドな感覚、コラボレートな感覚を持っていない学校は、単に頑迷固陋なだけで、不易流行という伝統蘇生術を持っていない。それでは全く生徒や保護者にとっては魅力がない。そういう学校の生徒獲得戦略が失敗に終わるのは、火を見るよりも明らかである。

◆ そういう意味で、従来とは異なる質を有した外部ネットワークを探すときがやってきたのではないだろうか。また教育コンサルタント側も体質を変えなければならないのではないだろうか。近頃「社会起業家」という言葉を目にするが、これは大変興味深い。新しい外部ネットワークとしては有望である。もちろん「社会起業家」というのは名前だけで、実は従来型の起業家というのがまだまだ一杯いそうなので、きちんと選択しなければならないが。

◆ それはさておき、「社会起業家」とは何だろう。このような人材の例として、まず挙げられるケースはイギリスのブレア首相の周りで活躍している若者たちのようである。ブレア首相のブレーンであるアンソニー・ギデンズ(「第3の道」を提唱するイギリスの社会学者)の考え方を現実化している若い集団がいるということである。昨今では、この「社会起業家」という発想は、アメリカやフランスなど先進諸国にも広がっているらしい。もともとはサッチャーやレーガンの小さな政府路線から生まれた諸問題を解決するために生まれたもののようだ。そして現在、欧米先進諸国と同じような社会的文脈の中にある日本にも、「社会起業家」が登場し始めているらしい。もっとも日本の場合、ベンチャーとどう違うのだろうかと疑問があるものも少なくない。「社会起業家」は、金融投資で成り上がるようなことはしない。

◆ 最近言われている「社会起業家」を表すキーセンテンスを列挙してみよう。「単なるボランティアでもなく、経済的利益だけを追求をする起業家とも違う社会的価値のある事業を生み出す人材」「企業、行政、市民、NPOそれぞれのネットワークを活用し、社会をよくするための事業を起す人」「社会から排除されている人に支援と進歩を提供する新しい道を考案する人」「彼らは現状を前進させるだけでなく、見違えるような効果をもたらしたくて、うずうずしている人」などと言われている。

◆ 彼ら「社会起業家」たちは、世界情勢、社会の状況、人間の状況、そして目の前の状況の分析力に秀でている。一般的な分析ではなく、マクロとミクロとナノレベルのつながりを見出す努力をする。アンケートを集計して、そのグラフの見方を説明しているにすぎない間の抜けた分析は世の中に多いが、問題はそのヘルメノイティーク的な解釈である。見えないものをあぶりだす分析力である。

◆ 彼らは、プレゼンテーション能力、プロモーション能力、イベント実行力に卓抜している。大金を使わずに、マスメディアを活用する術を熟知している。自分たちの力で、文章表現をし、デザイン構築ができる能力を持っている。すべてをデザイン事務所や広告代理店やライターに表現を委託しているようなところは信用できない。

◆ 彼らは、ITを操作し、活用し、ITで思考できる。ITインフラを自前で張り巡らし、WEBを最大限に活用し、自前の哲学を披露できる。ITも、WEBも、ホームページも全部委託するようなところは、まして哲学も人から借りてくるような、特にアメリカのプラグマティズムではなく、今流行の皮相なアメリカ流ビジネスコンサルタント哲学(しかもその要約)を鵜呑みにしているようなところは信用できない。

◆ 彼らは、目に見えないものをイメージするバーチャル感覚、モジュール化思考、芸術的センスのある企画提案をするのが得意である。ウィーン分離派やバウハウス、フランク・ロイド・ライトの建築思想、茶室の知的空間、庭園知、クラシックからロックまでの音楽、ガウディの発想、詩人たちとの対話、宗教の文化的影響、田辺元や西田幾多郎、アインシュタインや超ひも理論、ナノテクノロジーなどなどに幅広い興味と関心を持っている。美学的素養を身につける努力をしないコンサルタントが国際理解教育などにつてどうして企画提案ができるのであろう。土建屋国家的発想は高度経済成長期に生まれた特殊な発想で、過去のものである。

◆ 彼ら「社会起業家」たちは、コラボレーションが得意である。多くの多次元のネットワークと協働して、アイディアを創造し、補助金を当てにしないで(出してもらえるものは出してもらう「したたかさ」は大いに有り)、お金を集め、世のため人のための仕事を創出する起業家精神に満ちている。企業の中では、全員がリーダーになることができない。これはハーバード流。「社会起業家」は新しいタイプのリーダーであり、全員がリーダーでなければ困る。あらゆる次元のネットワークと組ながら多様な仕事を創出するには、全員がそれぞれの役割の中でリーダーシップを発揮しなければならない。マルチ・ロールプレイが当たり前になるからである。

◆ 「社会起業家」はこれからのリーダーでもある。子どもたちの未来の姿でもある。私学はいち早く、従来型の業者と縁を切る必要があるのかもしれない。あるいは従来型の業者が自らの体質改善を果たさねばならないのかもしれない。これからの学校選択の指標には、どういう業者と学校がつながっているのかも重要になってくるかもしれない。大手旅行会社や大手広告代理店、大手ゼネコン、大手テスト業者であれば必ずしも安心というわけではあるまい。重要な点は「社会起業家」的マインドを持っている業者であるかどうかであろう。


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