私立中高一貫校研究 私学Bracketing 学校選択を考える 入試について 学力を考える 学びを考える
教育と経済 フランク・ロイド・ライトとの対話 これからの教材 企業と経済研究 入試に役立つ読書 未来を創る学校





2006年首都圏中学入試動向(2)
〜「海陽奨学生資格審査」が意味するコト
2005年7月6日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)
◆AERA(2005.7.11)によると、海陽学園が7月に行うと発表した「海陽奨学生資格審査」は、「青田買い」として各私学から大反発をかっているようだ。この「奨学生資格審査」がなぜ首都圏中学入試に影響を与えるかというと、「東京や名古屋など全国6カ所で国語と算数の筆記、保護者を含めた面接などを行う」からである。

◆首都圏の私学側は「私立中学入試は、小学校での授業内容の進度などを考慮して地域ごとに入試解禁日が設けられている。東京・神奈川では、2月1日以降、千葉は1月20日、地元の愛知県は1月21日以降と申し合わせがある」ということを主張する。これは極めて重要なポイントだ。

◆公立の小学校で学んでいる子どもたちは、安定した環境で小学校最後の1年間の学校生活を送ることが最優先に望ましい。それぞれのキャリア選択は必要だが、それは互いの道を尊敬し合い、それぞれの道を進む準備を協力して行っていく学習活動そのものが小学校6年生の学校生活の基礎である。

◆そういう意味があって、私立中学入試の日程はできる限り卒業式間近に設定されている。これは社会的正義に基づいた小学生にとってのキャリア・デザイン市場のあり方の1つである。

◆それなのに、海陽学園は、社会的正義なき、強いところが弱いところを食いつぶしてよいという市場原理至上主義的な発想で中学入試というフィールドに入ろうとしているのではないか、そのことが今回の「奨学生資格審査」実施で明らかになったのではないかと受けとめられているのだろう。

◆アメリカの教育政策は、西海岸はどちらかというと社会的正義に力点をおき、東は新古典派的な市場の原理に力点をおくというイメージが強い。だからエジソンスクールのように企業が公立の学校の運営を行っていくといういうことが東部の方が浸透しやすいのだろう。

◆海陽学園としてはこのアメリカの東部的な発想で、日本の私立学校の入試制度に一石を投じようと思っているのかもしれない。一方、日本の私立学校側は、アメリカの西海岸的な発想の社会的正義をベースとした人格形成と知的形成のゆるやかな私学生態系を守ろうと必死になっているのだろう。豊かな自然生態系を、高度な技術で開発しようという資本主義企業と社会と精神と自然の総合的生態系を守ろうとする現代思想家たちの相克にも喩えられる事件である。簡単に言えば、土建国家的発想vs庭園国家的発想である。

◆この相克は両者のどちらもが譲ることなく平行線をたどるだろう。海陽学園は協力企業の限りない資金力があるから、寮の費用と授業料で、毎年300万円かかるところ、70万から100万円を免除する奨学生制度を作れるのである。はっきりいえば、奨学生は100人弱も予定しているのだから、7000万円から1億円の援助ができるということだ。これは一般の私学では考えにくい話である。

◆AERAによると、海陽学園のアドバイザリー会議のメンバーには大物議員や有名教授、元高級官僚が名を連ねているという。資金力と有名人的人材による学校運営。このやりかたは、Military、Money、Mediaという3Mを基調にした究極の20世紀的モダニズムである。

◆19世紀末にそのルーツを持っている首都圏の私学は、そのときにもう1つの近代を夢見ていた。それはTalent、Technology、Toleranceという3Tを基調にしたパラダイムである。19世紀末に生まれた様々な芸術運動や思想的な世界は、20世紀の2つの世界大戦と冷戦によって、その存在の灯火は消えかかり、その亜流としてポスト・モダン的な世界観がなんとかその火を守っていたが、89年ベルリンの壁崩壊を契機に息を吹き返した。21世紀のグローバルな近代化路線は、3Mから3Tに舵を大きく取ろうとしている。しかし、日本はそれがなかなかできない。それはなぜだろう。そういう実に重要な根本的な問題を海陽学園は自ら表現してくれている。なるほど一石を投じる行為ではないか。


入試について 目次へ