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学びを考える

これからの学びと言葉

2006年3月22日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


◆ 20世紀型学びから21世紀型学びへのシフトについて、「知識伝達型学び」から「知識創造型学び」へのシフトという捉え方をしてきた。基本線は変わらないが、実はこれはわかりやすさを考慮して2元論的に表現してきただけで、もう少しだけ深めてみたい。

◆ 知識というものをツリー構造の体系で考えるか、ネットワーク型で考えるかは、議論の分かれるところであるが、サイトやコンピュータのプログラムは基本はツリー構造である。ネットワーク型になっていたとしても、必ず一元管理できるようになっている。

◆ また、既存の知識を検討吟味してその誤りを修正していくという偉業を達成する知識創造型の能力でも、基本はツリー構造である場合がある。一方知識創造型で、ネットワークそれ自体の組換えを行い、1つひとつの知識は変わらなくてもネットワークのつながりや広がり、意味するところが全く違う、たとえばフラーレンのような新物質を創ってしまうような能力を育成する学びもある。

◆ だから知識伝達型でツリー構造(シングル・マインデッド・Q&A)という近代的能力を育成する学び、知識伝達型でネットワーク型の構造(オープン・マインデッド・Q&A)というポスト近代的能力を養う学び、知識創造型でツリー構造という修正近代的能力を育成する学び、知識創造型でネットワーク型の構造というNew Typeの知を育成する学びの4つのカテゴリーで考える必要がある。

◆ それから「知識伝達型の学び」と「知識創造型の学び」とでは使われる言語のパラダイムが違う。前者は言葉は意味である。すでに辞書に刻印されている言葉と意味のツリー構造を覚えて活用していくのである。ところが後者は、言葉はトリガーにすぎない。言葉が音や香り、映像、感情、行動などを動員し、それらを抽象と具体、原因と結果、対照的な関係に整理しながら、そこに意味を浮かび上がらせるという、常に言葉と意味の関係は新鮮な再生であり、関数関係である。

◆ 「知識伝達型の学び」では言葉は常にあらかじめ誰かに決定されている公共性を固定化される。「知識創造型の学び」では、言葉はそのつど公共性を創っていくという個性と共同性とのコミュニケーションが存在する。ときには葛藤にもなり、それを解決するときにダイナミックな創造作用が生まれるスリリングな過程が重視される。

◆ 以上のようなこれからの学びと言葉の解放の関係について図に表してみた。これはキャリア・デザインのチャートにもなる。将来どのような役割を果たすかによって、身につける学びのカテゴリーが違うのである。ところが、従来は近代的能力を画一的に子どもたちに学ばせてきた。




◆ それによって、その能力に適合できない子どもたちは「落ちこぼれ」というレッテルを貼られてきたのである。ある意味フリーターやニートと呼ばれている青年たちの中にもそのようなレッテルを貼られているケースがあるだろう。彼らは修正近代化能力やNew Typeの能力ではモチベーションがアップし、才能を発揮するケースもあるかもしれないにもかかわらず。

◆ それにしても経済や知の二極化は、近代化能力とポスト近代化能力で起きている。ポスト近代化能力はネットワーク型の知識体系を武器とするため、相対的に創造的に見える。しかしそれは錬金術ではあるが、創造作業ではないのだ。それゆえ、社会としては契約として縛り付けることによって、錬金術であるにもかかわらず創造的作業であるかのように見せる保証になる。

◆ しかし知識創造の社会にとって、契約は記憶のためにすぎず縛るものではない。その必要がないからだ。基本ベースは信頼社会なのである。それだけに繊細だし、軍事力などの暴力や抑圧的政治にたいしてはもろさを露呈する。ただ、にもかかわらず絶えることなくその遺伝子は未来の人間に継承される。どんなにNew Typeを押さえ込んだと思っても、それは再び蘇生する。歴史を振り返れば、アバンギャルド、バウハウス、19世紀末思想、民主主義思想などなどがそうだ。

◆ ホンマノオトでずっと語っていることの1つに、19世紀末に生まれた私立中高一貫校の学びは、官僚近代化知性を養うのではなく、もう1つの近代化知性を養う理念を有していたのだということがある。もちろんすべての私立学校がそうであるとは限らないが、19世紀末からすでにNew Typeの知を養う学びを継承しているところがあるのである。戦後設立された私学の中にもその学びを継承しているところもある。

◆ さて様々な教育改革が行われているが、都立進学重点高校は、近代化能力のカテゴリーに入るだろう。公立中高一貫校はポスト近代化能力のカテゴリーに入る。品川区の小中一貫校などは修正近代化能力のカテゴリーに入る。私立中高一貫校のあるグループはNew Typeのカテゴリーに入る。日本の教育を救うには、公立学校の中にもNew Typeのカテゴリーに入る学校が出てきて欲しいが、そもそも教育行政が壁になっているのである。



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