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第1章 ヨハン・ガルトゥングの平和学 |
by小松原 瞳 | |||||||||||
§0 はじめに■ 「平和学」という言葉は、まだあまり聞きなれないかもしれない。それは、文字通り「平和について研究する学問」である。ヨハン・ガルゥトゥング氏はノルウェー生まれの平和学者であり、世界中の大学で教育にたずさわっている。その傍らで、紛争転換のNGOであるTRANSCENDの代表を務めている。 ■ 近年、グローバル化が進む中で、国際的な紛争が絶えないものとなっている。ニュースや新聞でも、戦争や爆弾テロなど紛争から引き起こされる言葉が頻繁に飛びかう。世界中の注目を集め、日本でも自衛隊問題が大きく取り上げられたイラク戦争は記憶にまだ新しいだろう。 ■ こうした紛争に対し、ガルトゥング氏は、紛争解決ではなく、紛争転換という考え方を提示する。それは、双方の対立の妥協点を調整するのではなく、対立や矛盾から飛躍した新しい創造的な解決策を探し出すという方法であり、ゆえに「超越法(Transcend Method)」と呼ばれている。この章では、ヨハン・ガルトゥング氏の平和学について、『平和的手段による紛争の転換【超越法】』をもとに考えていきたい。
§1 紛争のライフサイクル■ 紛争には独特のライフサイクルがあり、有機体のようなものである。一度出現すれば、感情的な、そしてときには暴力的な頂点へと達し、だんだんと衰退し、完全に消えてしまう。しかし、それは繰り返し再出現するものでもある。なぜなら、個人や集団(国家や民族)にはそれぞれの目標があるからだ。 ■ これらの目標は相容れないものであり、さらに排他的なものでもある。例をあげるなら、ある土地を二つの国家が欲しがったり、一つの国家を二つの民族が取り合ったりする時である。こうした時、矛盾、すなわち問題が生じる。 ■ そうした目標が根本的・初歩的であればある程、実現されない目標を掲げる行為者や当事者にはフラストレーションが溜まっていく。このフラストレーションは、やがて攻撃へと繋がる可能性がある。内面的には憎悪の態度、外面的には口頭的・物理的暴力の行動へと変化する。 ■ 憎悪や暴力は、目標を達成するにあたって目障りな者に対し向けられることが多々ある。ただし、それはそれ程合理的、理性的なものではない。暴力は、自身を含む周囲に害を及ぼし、傷つける目的で生まれる。そして、防衛や復讐の形でらせん形の対抗暴力を生み出す可能性がある。この暴力のらせんは、メタ・コンフリクトとなり、そうなると破壊は過激化の一途を辿る。このように紛争は、盛衰や消滅や再生を繰り返しながら、永遠の命をもつ可能性さえある。 ■ 以上より、紛争は
§2 紛争の図表化■ 下記の図は、紛争を図表化したものである。横軸は物理的に流れる時間を表している。ここで、時間の流れを中断する2つのポイントがある。それが、暴力の発生と暴力の休止(停戦)である。紛争には暴力がつきものと言っているわけではないが、これらが重要なポイントになる事に疑いの余地はないだろう。そして、暴力以前、暴力の最中、暴力以後の3つの局面において何をすべきかを示している。 ■ 暴力が発生する前にも紛争は存在していた。紛争のワーク(紛争解決への努力)において注意すべき4つのポイントがある。(1)男らしさ優位論のように暴力を正当化する暴力の文化、(2)人々を搾取・抑圧し、疎外する暴力の構造、(3)傷つけたり害を与えたりすることを気にしない、弱者いじめをする暴力的行為者、そして(4)注意されずに放置された基本的紛争が集結し、形成されていく過程、の4つである。
■ 暴力以前に行われなければならない仕事とは、その紛争を転換(トランスフォーム)することである。上向きに、積極的に、すべての当事者にとって前向きな目標を探すため、暴力に頼ることなく、想像力を働かせて転換することだ。暴力に繋がっていくような紛争の転換は、どんなものであれ失敗と言える。紛争のプロセスを矯正し、「平和の領域」に迎え入れること、そして、文化、構造、さらには行為者たちをより平和的にすることが必要となる。 ■ そこで、第一局面では3つの"R"が要求される。それは、解決(Resolution)、再建(Reconstruction)、和解(Reconciliation)である。これらによって紛争は、暴力的手段なしに対処されるようになり、紛争のシンドロームは、図の上半分にあるように「転換」されて組み込まれる。これこそが、本来あるべき姿なのだ。 ■ 暴力の最中においては、当然その暴力をやめることが先決である。暴力そのものもよくないことであるし、暴力は紛争をややこしくするに違いないからだ。そこで、平和的手段による平和を考えるのなら、国連憲章第6章「紛争の平和的解決」のもとで平和への道を開くべきである。図にあるように、平和維持活動は暴力的手段だけでなく、その他のスキルを活用することが重要となる。そして、この平和維持活動でも前述した3つの"R"が含まれることとなる。 ■ 暴力以後、人々は安心感から暴力の見えざる影響に気づかない恐れがある。しかし、ここからの仕事こそがより難解で複雑なものなのである。前述した3つの"R"を含め、やるべき仕事は莫大にあるが、これらの課題に対し、まだまだ十分な備えができていないというのが現状だ。暴力に対する「事後処理(戦後処理など)」はあるが、暴力の根源をもとからなくしていくものは存在しない。ゆえに、「戦後」だと思っていたらいつのまにか「戦前」だったというように、「暴力以後」は簡単に「暴力以前」に早変わりする可能性を秘めているのである。
§3 超越法■ 従来の紛争解決理論には、二者の対立を綱引きのようにお互いに有利になるように引っ張り合う状態から妥協点を見出すという考え方があった。しかし、それではいずれにせよ不満が残り、完全な問題解決とはならない。そこでガルトゥング氏が考えたのが、「超越法」である。二者の解決法を乗り越えた、新しい創造的な解決策を見つけるのだ。 ■ このような解決策を生み出すには、紛争当事者間の解決ではなく、第三者の導入が必要となる。この第三者を、紛争ワーカーと呼ぶ。超越法による紛争解決では、まず当事者と紛争ワーカーによる対話がなされる。対話は一対一でなされるが、ここで「共感」することが大切である。特に周りから非難されている「悪者」側の目標や考えを聞きだすことに、超越法では重点を置いている。 ■ 対話を行う中で、(1)受容可能、(2)持続可能、という2つの条件をクリアする解決法を創り出すことにより、紛争・対立の敵対状態を転換・変形し、当事者が一致協力できるような新たな目標を掲げられるようにするのである。
■ 超越法においては、創造性から超越へ、そして超越から紛争の転換へと繋がると考えられている。では、創造性とはどのように育めばいいのか。ここで、仮説として「創造性の公式」なるものを提案する。まず、現象が閉鎖状態にあることを明確にする。次に、かつて考慮の対象とされなかった要因を見出し、その要因を変化させ心の中で実験し、仮説を立てる。最後に、その仮説を現実社会で試してみる。 ■ それ故、創造的な行動というのは決して真新しい要素を導入しなくてはいけない訳ではない。空間と時間を新しい方法でうまく活用し、アレンジするだけで生まれるものなのだ。つまり、直線的な概念でものごとを考える文化において、創造的になることは極めて簡単なこととなる。しかし、西洋文化のようにそうした文化が固く定着してしまうと、大変な抵抗にあうことも避けられない。 ■ 「超越(トランセンデンス)」という言葉は、新しいタイプの現実を創り出すことを意味する。例えば、ある領域をめぐり二国間の紛争が生じているとする。この紛争は、どちらかの勝利、領域の分割など、個々の土地は一つの国家によってのみ所有されるという公式にあてはめられて終結するかもしれない。しかし、その領域を二国で共同所有するということになる可能性もある。この終結方法こそが、経験的な現実を超越していると言える。 ■ 上記の通り、超越とは、新しい現実をとり入れ、新しい景色を展開するものである。そして、紛争の転換とは、そうした新しい現実に紛争を移植し、紛争当事者の目標(ゴール)というものを超越させることである。しかし、実りある転換への道は複雑であり、紛争が歪曲したり変形したりしないように努力しなければならない。 ■ この時、(1)紛争に現れる文化と構造、(2)行為者、そして何よりも(3)紛争そのものに対する深い理解なしには無意味なものとなる。紛争の実践は紛争の理論に根ざすべきであり、紛争の理論は紛争の実践から展開されるべきである。一般的な紛争の理論と実践の基礎知識に加え、特に、共感、非暴力、そして創造性がもたらす力に関する基礎知識が必要不可欠だろう。
§4 まとめ■ ガルトゥング氏の「超越法」は、創造力を生かし、暴力の連鎖に終止符を打つ紛争解決を目指している。従来の解決策とは異なり、対立する二者が共に目指すことができる目標を創り出すというが、決して簡単なことではないだろう。仲裁に入る紛争ワーカーには、高度なスキルが要求されるに違いない。しかし、実現すれば双方が満足し、二度と同じ紛争を繰り返すこともなくなる。 ■ 平和とは、やってくるのを待つものではなく、創り出すものであることを、ガルトゥング氏は教えてくれた。世界中で紛争が絶えない今、「超越法」の可能性にかけてみる価値はあるのではないだろうか。
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