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● 平和学
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第5章 科学者の世界平和

by小松原 瞳

§0 はじめに

■ 世界的に有名な物理学者の一人に、アルベルト・アインシュタイン博士がいる。アインシュタインは、相対性理論をはじめとして多くの業績を残し、ノーベル物理学賞も受賞している。また、彼の興味は物理学のみにとどまらず、社会的・政治的諸問題に対しても多大な関心をはらってきた。

■ 例えば、アインシュタインは第一次世界大戦中に、平和主義を掲げ戦争を批判した。さらにユダヤ人である彼は、ユダヤ人国家建設運動であるシオニズムを支援し、ナチスからの迫害を受け、アメリカに亡命している。こうした平和活動にも携わるアインシュタインが、その「天才」と称される頭脳で、平和についてどのように考えたのか。

■ そこで、今回は「科学者と世界平和」という一冊の本をもとに、アインシュタインの考える平和論について考察していきたい。この本には、アインシュタインの考えはもちろん、それに対する反論、そしてその反論に対するアインシュタインの意見が述べられているため、それぞれ順を追ってみていきたい。

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§1 アインシュタインの考える世界平和

■ アインシュタインによると、技術開発の進歩は、人間社会を豊かにするものではなく、むしろ平和と人類の生存そのものを脅かす危険があるという。なぜなら、人類はいまだ国際的組織に関する問題を解決する能力を持っていないからだ。

■ 例えば、国連において戦争防止という目標を掲げていても、目に見えた進歩がないことは明らかだろう。それは、国際組織は与えられている権限以上に強大にはなりえないからである。つまり、国連がきわめて有用な組織となるためには、世界各国の国民及び政府が究極的な目標を持つことが、必要不可欠なのだ。その目標というのが、平和を維持するために十分な法律を制定し、それを執行する権限を委ねられた超国家的な権威を樹立することだ。

■ 国家主権という概念を修正しない限り、原子力の国際的な制御や一般的な軍備撤廃について、完全に意見を一致させることは難しい。一方では自国防衛のため戦争の準備を、他方では法と秩序に基づく一つの社会としての世界の準備をというふうに、両者を並行して行うことは不可能だからだ。安全保障とは、それを達成するために必要な法律とその法律を強制する力が作用し、もはやいかなる国家にとってもその国単独の問題では終わらない状況になって、初めて成しえるのだ。

■ もしも人々が戦争という前提を置くならば、戦略地域に対する軍隊の派遣や駐留、軍事機密の保持などを受け入れなければならなくなる。一方、もしも人々が安全保障と平和を実現する唯一の方法が超国家的な組織を絶えず発展させていくことであると認識するならば、全力をあげて超国家を強化することに努めるに違いない。人類がどちらを選択すべきかは、疑う余地がないだろう。

■ 国連は、その道徳的権威をもっと強化すべきである。その具体策として、第一に安全保障理事会を含む国連のすべての機関が総会に従属するよう、総会の権限を増大する必要がある。第二に、国連における代表の選出方法を修正するべきである。政府からの任命という現行の方法では、公正さや国民からの信頼が欠けている。第三に、総会を常時開かれたままにすべきである。そうすることによって、総会は超国家的な秩序を樹立する上で主導権を握り、全ての危険区域において、迅速かつ効果的な手段をとることができるからだ。

■ これらの高邁な任務からして、総会はその権限を確固たるものとする必要がある。拒否権条項という欠陥のある安全保障理事会に委譲するようなことがあってはならない。真の世界政府の礎を築くためには、ことの主導権を握るにふさわしい唯一の機関として、国連が最も迅速に行動を起こすべきなのだ。

■ もちろん、世界政府という考えに反対意見もあるだろう。その主要な反対論者としてロシアがあげられるが、真の安全保障を規定する提案がなされた場合、その態度が変化する可能性はある。しかし、あらゆる努力にもかかわらず、ロシア及びその同盟諸国が世界政府案を受け入れない場合は、それ以外の諸国だけで進めていかなければならない。

■ この部分的世界政府が、世界の主要な工業的・経済的な区域の中の少なくとも三分の二を含んだ強力なものであることが、最も重要な点である。その強力さによって、部分的世界政府は軍事機密などあらゆる危険を放棄させることが可能となる。

■ ただし、部分的世界政府は常に非成員国に対し、それらの国々が完全な平等性に基づいて参加できるように、広く門戸を開いておかなければならない。究極の目標を達成するには、この種の部分的世界政府が残りの国々に対抗する一種の同盟軍のように行動してはならないのだ。

■ また、世界政府において構成諸国間のイデオロギーの差異は大きな問題ではない。アメリカと旧ソ連の間における緊張状態は、両者の競争意識と相反する利益、そして相互の猜疑心によるものであり、たとえ両者ともに資本主義であろうと、共産主義であろうと、その事実は変わらないだろう。

■ 現在の国連及び将来の世界政府が目指すべき目標は、全人類の安全、平等、および福祉の保証以外のなにものでもない。

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§2 アインシュタインに対する反論

■ 上記のようなアインシュタインの平和論に対し、ロシアの一部の科学者たちによって反論が繰り広げられた。彼らは、様々な社会的・政治的諸問題にアプローチしているアインシュタインの人道主義的精神を高く評価しつつも、「世界政府」という考えに異論をとなえた。

■ 彼らによると、「世界政府」の考えが実際に意味することを理解していない平和主義者が多いという。「世界政府」の信奉者たちは、国家主権は「時代おくれ」であるばかりか「反動的」でさえあると考える。しかし、実際は「世界政府」および「超国家」という考えこそはるかに古いものであり、決して進歩的なものではないのだ。

■ 「世界政府」という考えは、主要な工業諸国を支配している資本主義的独占を助長するものである。諸大国の独占業者が必要としているものは、世界的規模での市場や資源、そして投資圏であり、そのため彼らは政治・行政に関する自分たちの権力を駆使し、勢力圏を求めて他国を従属させようと試みている。「世界政府」は、そうした彼らの目的を達成するための表向きの看板に過ぎない。

■ 第二次世界大戦が終結し、多くの植民地や隷属国で民族独立運動が急速に拡大している。国内問題への外部からの干渉を退け、経済的・政治的に独立する国も出てきた。そのため、帝国主義諸国の独占企業は多くの搾取地域を失っており、これ以上利潤を失わないためにも「世界政府」を立ち上げ、植民地の真の独立を妨害しようというのだ。

■ アインシュタインは国家主権を制限するための一つの新しい方法を示唆している。彼によると、国連総会を一種の常設の世界議会に転化すべきだという。また、国連への代表は一般投票によって選出すべきと勧告している。一見、この提案は進歩的あるいは急進的に見えるが、実際には現在の状況を改善することはできないだろう。

■ なぜなら、多くの人々が今なお帝国主義的列強の支配下で暮らしており、そのような国々における「一般選挙」では、現実には国民の意向は反映されない。また、形式的に普通選挙権が存在している国々においても、資本家によるあらゆる手段によってその結果が操作されている。このように、結局一般投票なるものが行われても、人々の真の意向は実現されないのだ。

■ また、国連の構成国の多くはアメリカ合衆国に依存しており、アメリカ代表の圧力のもとで、その意向に従わざるをえない国々が総会に出席している。そんな中で、大国一致の原則が廃止された総会が最終的な決定権を持つことは、事実上国連がアメリカの国務省の一下部機関になることを意味する。

■ つまり、アインシュタインがどのように考えていようと、結果的に彼の言っていることは、以下のことを意味する。もしも国連をアメリカの政策通りに動かすことも、帝国主義者の企図の隠れ蓑に転用することもできないならば、その組織を破壊し、新しい「国際的」組織が形成されるべきであると。

■ アインシュタインがその事実を認識しているのかは定かではないが、彼の進める道の行く手にあるものは、より確実な国際的安全保障ではなく、むしろ新たな国際紛争だろう。

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§3 アインシュタインによる返事

■ 「世界政府」は帝国主義者による世界制覇のための一手段にすぎないという見解に対し、アインシュタインは自分の見解を改めて表明した。それによると、ロシアの科学者たちはあまりに孤立主義に傾いているという。過去30年間のロシアに対する諸外国の侵略を考慮するならば、彼らが孤立主義に逃避するのも当然だが、そうした考えは世界にとって災いをもたらすことは否定できない。

■ 彼らの見解において、社会主義と資本主義の対立関係の意義が大きな問題となっている。そこで、社会的経済問題として客観的にこの対立関係を考えてみよう。近年、技術開発の結果、経済機構の中央集権化が進み、多くの国において一部の人間が経済力を握ることとなった。資本主義国においては、これらの一部の人間が何をしようとなんら問題はないが、社会主義国においては、全国民同様彼らが市民への奉仕者である以上、その行動は全人民を納得させるものでなければならない、というのが異なる点である。

■ 確かに社会主義経済には資本主義にはない長所があるが、だからといって資本主義を頭から否定したり、社会主義をいかなる問題も解決する完全なものとして崇拝したりすることがあってはならない。このような信念は、社会組織として可能な一つの形式にすぎない社会主義を、まるで教会といったタイプのものに仕立てあげており、極めて排他的になる恐れがある。このようなかたくなな信念が、過去どれほど人類に苦難を負わせてきたかは言うまでもないだろう。社会主義を、あらゆる社会的問題を解決しうるものと見なすのではなく、むしろそのような解決が可能な一つの枠組みとしてとらえるべきである。

■ また驚くべきことに、彼らは経済に関しては無政府状態であることに反対するが、国際政治に関しては無政府状態、すなわち無制限の国家主権を擁護している。それだけでなく、国家主権の制限という考えの背後にはアメリカ合衆国の世界的支配という野望が隠されていると見ている。しかし、これはアメリカの行動を自分たちのやり方で分析することで、持論を正当化しようとしているようにしか思われず、十分に納得のいくようなものではない。

■ 終戦以降のアメリカ政府の政策の是非については、答える能力もなければその意思もないが、一つだけ言えるのは、原子力兵器に関するアメリカ政府の提案は、少なくとも超国家的な保障組織を作り出す、一つの試みではあった。アメリカ合衆国の国連に対する影響力は、経済的・軍事的な力のみから生じたものではなく、こうした安全保障問題の真の解決へと世界をリードしようというアメリカならびに国連の努力からきていることを、忘れてはならない。

■ アメリカが世界を経済的に支配しようとしているというが、その考えにいたる客観的な要因について考えてみたい。アメリカは資源に恵まれたがゆえに、国の生産能力と国民の購買力を均衡させることが極めて難しく、したがって輸出貿易を強化せざるをえない。そのため、アメリカに世界中の大部分の金が集まるという現象が生じたのである。

■ 確かに、こうした状況は政治的に重大な一面を持っている。すなわち、アメリカの輸出は諸外国に与えている貸付金によってまかなわれているため、権力政治においてその貸付金が武器となる危険性がある。しかしながら、権力政治のもとではあらゆるものが武器に転じ、その結果人類に対する一つの脅威が生まれる傾向にあるというのが、実際のところではないだろうか。

■ もしも、無制限の国家主権という概念を認めるならば、それぞれの国が戦争のような手段で自国の目的を追求する権利を与えることとなる。冷静で理性的な考え方と人間的な感情が残っているならば、絶対にそれを避けなければならない。アインシュタインが「世界政府」を支持するのは、こうした最も恐るべき危険を避けるためには、それ以外に可能な方法が存在しないと確信しているからである。

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§4 まとめ

■ これらの論争は、戦後間もない1947年頃に行われたが、米ソの二極対峙という緊張状態の中だった。そうした緊張状態の中で、科学者たちは世界平和の実現を目指し、互いに一歩も引くことなく、自分の信念を主張している。当時の情勢を考えてそれぞれの立場に立つならば、どちらの主張も理解するのは難しいことではない。

■ しかし、それから50年以上が経過し、世界の情勢は大きく変わった。ソ連が崩壊し、二極対峙の緊張状態からは解放されたが、一方で世界におけるアメリカの力が強まっているようにも感じられる。では、50年前に行われた議論を現在に焦点を当てて考えるならば、どうなるだろうか。

■ ロシアの科学者が懸念していたアメリカ合衆国による世界的支配だが、これは現在で言うならば、第4章に触れたブッシュのイラク戦略につながるのではないだろうか。アメリカは、安保理の承認を受けることなく、国連を率いてイラクへの侵攻に踏み切り、世界に多大な影響を与えた。50年前の彼らの予感がまさに今現実の世界で起こっていると言っても過言ではない。

■ かといって、「世界政府」という考えを否定するわけではない。アインシュタインの言うような世界政府がもし実現するならば、安全保障は確実なものとなり、人々が安心して暮らせるようになるだろう。つまり、「世界政府」という考えそのものは否定すべきものではなく、むしろ人類が一体となって目指すならばその安全、平等、福祉は必ず保障されるものとなるに違いない。問題は、「世界政府」を目指すうえで生じうるリスクであり、それをどのように回避するかを考えていかなければならない。

■ アインシュタインの考える世界平和が単なる理想で終わるか、実効性のある施策となるかは、国連を中心とした世界各国の共通した認識が必要不可欠となるだろう。

 

参考文献 「科学者と世界平和」(2002年 中公文庫)著アルバート・アインシュタイン他
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