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● 憲法改正
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第2章 日の丸・君が代問題

by小松原 瞳

§0 はじめに

■ この章では、憲法論議の中でも特に注目を集めるうちの一つ、日の丸・君が代問題をとりあげていきたい。普段生活している中で、日の丸・君が代に接する機会はほとんどないが、その存在を改めて認識させられるのが公立学校の卒業式や入学式である。1999年についに法制化され、年々教育現場での指導も強まっていくが、これは憲法違反であると訴える人々もおり、多くの学校で議論が行われ、新聞の紙面もよくにぎわしている。

■ そんな中で、式の主役であるはずの生徒たちは蚊帳の外におかれている。その歴史的背景、意味を教えられることもなく、決定事項に従わされている。ここには政府の方針を国民に徹底してきた日本社会の体質がかいまみえ、また生徒の自主性を尊重していない教育現場も問題となってくる。そこで、日の丸・君が代問題についてどういった議論が展開されているのか、教育との関係をふまえながら検証していきたいと思う。

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§1 歴史的背景

■ 日の丸のルーツは、源平の合戦で船に日の丸の扇が掲げられたことからきているという。その後、日本の船に日の丸を掲げるようになり、明治時代に日本国籍の船舶を表すものとされた。君が代は、平安時代の和歌に由来する。もともとは家族の長寿を祝って歌われたものであり、そこに政治的な意味はなかった。しかし、明治時代に国歌としてもちいるにあたって解釈がかわり、「天皇陛下の万歳を祝う歌」とされ政治的意味を帯びるようになった。現在、政府見解によると「君が代」というのは「日本国民の総意に基づく天皇を日本国及び日本国民の象徴とする我が国」を意味しているという。

■ 日の丸・君が代は明治時代に国旗・国歌とされた。明治維新後、新政府は中央集権化を進める中で、人々の帰属意識を幕藩体制下における「藩」から「日本」にシフトする必要性があった。19世紀の帝国主義の時代に欧米列強の植民地化に危機感を感じ、列強に対抗しうる国づくりを進めるために、日本の近代国家は天皇制という象徴権力を創り出し、国民の統合をはかった。そのツールの一つとして使われたのが、国旗・国歌である。

■ 昭和初期から敗戦までの間に、日の丸・君が代は日本の国家主義と軍国主義の象徴となっていった。この時代は、国旗・国家が一番人々の目に触れた時期であり、学校では皇民化教育が行われ、臣民として天皇および国家のために命をささげることが務めとされていた。兵士が出兵する際の送迎会では日の丸が振られ、君が代を斉唱した。そのため、当時の人々の中には日の丸・君が代に抵抗感を抱く者も多い。また、アジア近隣諸国では、日本に侵略され植民地支配を受けたため、日の丸や君が代は日本の侵略の象徴ととらえられており、不快感を示す人が多い。

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§2 国旗国歌法

■ 日本の国旗・国歌を定める法律として、「国旗および国歌に関する法律(国旗国歌法)」が1999年8月13日に公布、施行された。「国旗国歌法」は、1条で「日の丸」を国旗として、2条で「君が代」を国歌として定めただけのものであり、遵守義務規定や強制規定はない。まして、掲揚に反対したり歌わなかった人に対して何かしらの不利益を与えるなどの規定はおいていない。

■ 「国旗国歌法」が制定される前は、国旗・国歌を定める成文法は存在しなかった。しかし、1958年の学習指導要領で「国旗掲揚・君が代斉唱させることが望ましい」とされ、ここから教育現場での混乱対立がスタートした。そして、1989年には文部省の指導で日の丸掲揚・君が代斉唱が事実上義務づけられるようになった。これは大きな社会問題に発展し、1999年、広島県立高校で日の丸・君が代強制に反対する教職員と文部省の通達との板挟みに悩んだ校長が自殺するという事件が起こった。これが一つのきっかけとなって法制化が進み、「国旗国歌法」が成立した。

■ この法律にはいくつもの問題が存在する。君が代・日の丸にかかわらず国旗・国歌の制定自体が日本国憲法の思想・良心の自由の侵害にならないか、アジア・太平洋戦争で日本の侵略の象徴となった「日の丸」「君が代」が現在の日本のシンボルとしてふさわしいのか、民主権をとなえる日本国憲法に対し「君が代」の歌詞はふさわしいものなのか、など日本国憲法との整合性について疑問が生じている。また、この法律が成立するにあたって各界からの反対の表明が相次ぐなかでの採決の強行であり、十分な検討・審議が行われたとは言えないとする意見もある。

法制化問題について

[99年3月2日フジテレビ『ニュースJAPAN世論調査』より]

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§3 教育現場での闘い

■ 教育現場では今、日の丸・君が代強制をめぐる闘いが問題となっている。思想・良心の自由の保障と「君が代」の指導、この二つの両立には限界があるだろう。生徒への指導においては、歌いたくない生徒に強制的に歌わせてはならないし、歌わないことを理由に不利益を課してはならない。また、歌わなくてよい旨の事前告知や不参加による不利益発生の予防義務も必要となる。

■ そこで、教師の職務命令違反に関する問題が深刻となってきている。一般的には職務命令に従う義務が公務員にはある。しかし、公務員だからといって思想・良心の自由を全面的に否定されるべきではないし、教師には教育の自由に基づいて公教育の目的に反する不当な職務命令に抗して生徒を守る義務がある。にもかかわらず、国旗に向かっての起立や国歌斉唱を命じた職務命令に従わなかったとして、多くの教師が処分を受けている。

■ また、東京都教育委員会は昨年不起立の生徒が多かった学校の教師に対し「不適切な指導」「指導力の力不足」を理由に厳重注意などの処分を行った。そして今春の卒業式・入学式での職務命令には、「適正に生徒を指導すること」という項目が加わり、自分たちが立たなければ先生が処分されてしまう、と考える生徒の心理を利用して生徒の自主判断の選択肢を奪うような措置がとられた。

■ 学校と警察との連携も強まっており、卒業式の日に都立高校の正門前で日の丸・君が代問題のビラを配っていると、学校の管理職が注意をして警察へ連絡し、見張りに来た警察によって「建造物侵入」容疑で逮捕されるという事件もあった。

■ こうした不当な命令や処分に対し、抵抗・反対する活動が全国的に広まっており、たくさんの訴訟事件も起こっている。この流れに歯止めをかけなければ、強制の波が校門を出て社会全体におよんでしまう、と危機感を持っている教師もおり、このままだと強制の力が教育現場だけでなく、とめどなく拡大していく可能性がある。

■ 強制問題をめぐる闘いが激化する中で、生徒や保護者の間からも強制を疑問視する声があがってきている。日の丸・君が代をどう思うかはさまざまだが、強制という点に関しては拒否感を感じる高校生は多いようだ。しかし、学校教育の中ではやはり同調思考に流されてしまう傾向があるのではないか。保護者の考えはというと、大半の人は国旗掲揚・国歌斉唱自体には反対ではないが、教職員への起立義務付けや処分は「行き過ぎ」などの意見が多い。

■ 公教育における国家の役割と信条的中立性を考えると、親から信託を受けて、子供が一人前の大人として自立して行くことを支援するのが公教育の役割であり、思想良心の自由の保障の反面として、国家は思想良心の領域で中立でなければならない。現在の指導方法は、日の丸・君が代がもつ歴史的意味、そしてそれらについて大きな社会的対立が存在することを教えずに、ただ一緒に歌うことを強制するというものである。そのような教育方法の点で、子供の自立支援を目的とするものではなく、国家による系統的なイデオロギー注入教育といえ、国家の信条的中立性に反する、という意見もある。

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§4 まとめ

■ ダグラス・ラミスによると、日の丸・君が代の強制がすぐに軍国主義や天皇制強化につながるとは思われないという。それよりもこわいのは、自分の本当の気持ちや考え方と自分の行動とが必ずしも一致しなくてもいいという教育であり、政府は、いうことを聞く、言うとおりにする、管理しやすい人材を求めているため、「自分の思想とは関係なく生きる」ということを日の丸・君が代強制によって訓練させているのではないか、と考えている。

■ 以上のように、日の丸・君が代問題に関してはさまざまな議論が展開されている。いずれにせよ、教育現場においてこのような確執が長期間にわたって行われるのは、生徒にとって決して望ましい環境とはいえないので、早期解決が必要であろう。

参考文献 「論座6月号」(2005年 朝日新聞社)
『公論よ起これ!「日の丸・君が代」』(1999年 太郎次郎社)
『「日の丸・君が代」を超えて』(1999年 岩波書店)
参考サイト

ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki
日の丸と君が代 (http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/hinomaru.htm)
国旗国歌強制の憲法問題(http://www.jca.apc.org/~kenpoweb/special/no_coerce.html)

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