§1 人口減少時代に選ばれる企業
■ 先日、日本経済新聞が実施した「働きやすい会社」の調査結果が発表された。総合ランキング上位10社は以下の通りだが、それよりもアンケート対象者である現役ビジネスマンが「会社」に対してどのような考えを持っているのかを知る上で、非常に興味深い結果となった。
| 働きやすい会社2005総合ランキング |
| 1 |
松下電器産業 |
| 2 |
日本IBM |
| 3 |
東芝 |
| 4 |
大日本印刷 |
| 5 |
アジレント・テクノロジー |
| 6 |
NEC |
| 7 |
トヨタ自動車 |
| 8 |
ソニー |
| 9 |
三井住友海上火災保険 |
| 10 |
富士ソフトABC |
■ 下の表はビジネスマンが何を重視しているか、という問いに対する具体的な項目ランキングである。これを見ると一位の「年次有給休暇の取り易さ」をはじめ、「実労働時間の適正さ」(二位)や「リフレッシュ休暇制度の充実度」(三位)など、労働時間に対する項目がベスト3を占めていることがわかる。多くのビジネスマンは仕事に対して適度な労働時間を求めており、残りの時間は趣味や余暇に費やしたいと考えているのである。仕事はライフスタイルの一部であって全部ではない、という考え方がより顕著に表れてきた結果であろう。
| ビジネスマンが重視している項目 |
| 順 |
項目内容 |
比率(%) |
| 1 |
年次有給休暇の取り易さ |
59.5 |
| 2 |
実労働時間の適正さ |
44.2 |
| 3 |
リフレッシュ休暇制度の充実度 |
38.5 |
| 4 |
地域選択性の有無 |
35.3 |
| 5 |
喫煙問題取り組みへの積極性 |
34.3 |
| 6 |
休職社員早期復帰支援対策の充実度 |
30.9 |
| 7 |
育児休業制度充実度 |
29.7 |
| 8 |
年齢にかかわらない管理職への登用 |
27.2 |
| 9 |
人事考課の評価基準の公開有無 |
27.1 |
| 10 |
従業員の資格取得補助やキャリア開発支援の充実度
|
26.9 |
■ つまりワーク・ライフ・バランスの考え方が日本にも本格的に根付いてきたということだ。バブル期以前のサラリーマンを形容する言葉といえば、「仕事人間」「モーレツ」「過労死」といった具合で、しばしば外国人から「日本人は働きすぎ」と非難されてきた。しかしバブルが崩壊し経済成長が鈍化していくにつれ、個性や多様性が改めて見直されるようになり、働く人の価値観にも変化が現れてきている。また企業側からしてもストレスを溜めた社員を抱えることはデメリットであり、事実アメリカでは私生活と仕事が両立できていない社員は非生産的であるという研究結果が発表されている。こうした状況を打破し、企業と社員がWIN-WINの関係を保てるように取り組むことがワーク・ライフ・バランスの趣旨であり、これからの企業に求められる重要な人事戦略なのである。
■ さらにランキングを見ていくと、育児休業制度の充実やベスト10には入らなかったが女性の昇進や働く環境に関する項目が目立った。女性の高学歴化や労働力市場の縮小のため、女性の社会進出や夫婦共働きは今では随分と一般化してきている。しかしその一方で女性の社会進出が少子化を助長させてしまっているという指摘も一部あり、企業としても仕事と子育てを両立できるインフラを整備することが強く求められている。例えば女性に対する職場環境で評価の高い日本IBMでは、「e−ワーク制度」と呼ばれる在宅勤務制度を導入し、空間のフレキシビリティーを提供している。日産自動車はダイバーシティを新たな成長の鍵と位置付けている。このように変化する個人や社会のニーズを先取りして満たし、活力ある社会を構築するために尽力することも企業の大きな社会的責任といえるだろう。特に今後の人口減少社会を想定すれば、これまで以上にこの分野の充実度に大きな関心が向けられていくことは間違いない。
§2 「量」から「質」への転換
■ そんな中、今回最も注目したいポイントは、キャリアやスキルに関する分野の充実度である。これには資格取得のための支援制度や各部門での教育・研修制度、社内公募やFA制度の有無等が該当する。日本的経営の代名詞であった終身雇用や年功賃金が崩壊し始めるとともに、ますます個人単位のビジネススキルが問われる時代に突入してきている。もはや大企業に入れば安泰という考え方は通用せず、常に自らの市場価値を意識しながらキャリアを積み重ねていかなければならないのである。それに伴い会社を選ぶ際には、自らを成長させられるフィールドがあるか、支援してくれる環境が整っているかが重要な判断基準となってきている。
■ 企業側の意識も変わってきている。メガバンクや大手証券会社のように新卒採用募集時に職種選択をさせる企業が増えているのである。これはジョブローテーションによりゼネラリストを育成するというよりも、むしろ専門的な知識やノウハウをキャリアの中で蓄積する事でスペシャリストを育てようとする人材育成方針である。企業として多様化する顧客ニーズに幅広く対応していくためには、より専門的な能力に秀でた人材が必要になってきているということだろう。給与制度にも変化は起きており、年功賃金的な給料体系から、能力主義や成果給にシフトしていく動きも加速している。
■ このような流れは、流動化が進んでいる労働市場の方向性にも合致する。転職市場では社外で通用する専門的な強みが必要となるからである。個人の市場価値とはつまり何ができるかであり、営業、人事、財務、企画などの分野を問わず、何か強みを持っている人材は重宝されるだろう。キーワードはやはり個人単位でのビジネススキルである。
■ 社会的には定年後の雇用問題が浮上しているが、市場価値の高い人間は企業から積極的に雇用されている。みずほ銀行は信用金庫を定年退職した人材を営業のプロとして採用し、新規顧客開拓の分野で大きな成果を上げているという。長年培ってきた交渉テクニックや人脈、経験を活用できれば、会社が変わっても高いパフォーマンスを示すことが可能だということである。
■ 少子高齢化の進展に加えて人口が減少し始めた現状において、労働力不足の問題は不可避である。それに伴い年金問題の見直しとともに退職年齢の引き上げが議論されているが、大多数の企業はこれまで徹底して人員削減を推し進めスリム化を行ってきた経緯がある。そのため労働力を確保することには各社非常に積極的ではあるが、一方で不必要な人材であるならば無理して雇用しないという方針が一般的となっている。従って単純な退職年齢の引き上げは企業にとってのメリットが少ない場合もあるだろう。しかし企業側にも優秀な人材に育てられなかった責任は少なからずあるわけで、そういった企業は今後創造性や専門性の高い人材を数多く育成できるように生まれ変わる必要があるのではないだろうか。
■ 少々厳しい話ではあるが、しかし日本が今後持続的な経済成長を続けていくためには、これまで以上に「量」から「質」への転換を図らなければならないのは確かである。換言すれば、日本の将来は人材の「質」の向上にあり、そのために国を挙げて何をしていくかが最大の課題となっていくということである。個人は自らの市場価値を高める努力をし、企業もそういった人材を支援し雇用する体制を整えるべきだろう。もちろん社会も変わらなければならない。政府は率先して人材育成の場を提供し、フリーターやニート、リタイア世代が社会に復帰できるシステムを構築するべきである。年金制度などの社会インフラについても同様で、今年度の年金制度改正で企業年金のポータビリティを確保するなどしたように、これからはより社会の変化に対応した抜本的な改革が迫られるはずである。
■ ところで労働力市場の縮小が深刻化すると浮上してくるのが移民問題である。たしかにグローバルな市場経済を前提に労働市場の効率性を考えれば、移民の受入れは当然という結論に行き着く。しかし移民問題はそこまで単純な話ではない。移民の2世、3世が暴動を起こしているフランスの例からもわかるように、結局外国人労働者は単純労働にしか就けなくなり不満が爆発してしまうのである。グローバル化の中で日本企業も外国人を採用する機会が増えているとはいえ、彼らの多くは高度に教育を受けたエリートである。また単純労働者が必要というならば、技術革新によって工場ラインなどをオートメーション化する方法もある。まだまだ移民については慎重に議論する必要がありそうだ。
§3 意識改革 〜活力ある日本の未来像〜
■ さて、これまで取り上げてきた一種の意識改革は公務員にも求められる。経済財政諮問会議は、日本郵政公社職員を除く国家公務員(定員ベースで68.7万人)を今後5年間で5%以上純減させることを基本方針とすることを発表した。さらに年功序列・横並びの公務員給与制度を抜本的に改革することも明らかにしている。8つある政府系金融機関も統廃合の議論にさらされている。もはや公務員=安泰という認識は本格的に通用しなくなってきており、そういう意味ではまさにこれからが新たな公務員像を形成させる時といえるだろう。
■ まずはいわゆるお役所仕事からの脱却が必要である。有名な例としてはマツモトキヨシの創始者である松本清市長が発足させた、千葉県松戸市役所の「すぐやる課」がある。自発的で画期的な行政サービスとして話題となり、今でも世田谷区役所など多くの自治体で採用されている。受身の姿勢を改め、住民のために自ら積極的に提案していくことが求められている。
■ さらにコスト意識の面でも改革の必要性はある。全国の自治体はほとんど深刻な財政難に陥っており、国の補助に依存している自治体は少なくない。たしかにすべての自治体に黒字を要求することは現実的ではない面は否めないが、だからといって努力を怠っていいわけではない。現に横浜市などでは企業の誘致や広告収入を得るための取り組みを行うことで一定の成果を収めており、歳入増を目指す全国の自治体からの視察が絶えないという。このような役所の前向きな姿勢が、まち全体の雰囲気を活気付けていくのではないだろうか。
■ そしてそうした国や地方公共団体の目に見える努力があった後に、ようやく増税の議論に達するべきなのである。現在、政府税制調査会が中心となって定率減税と企業向け減税、登録免許税の軽減措置を縮小・廃止する方向で議論が行われており、これが実現すれば事実上の増税となる。また消費税率の引き上げも近い将来実施する可能性が極めて高い。もちろん現在の日本の財政事情を考えれば、誰が見ても増税は避けられないことである。しかし国民の理解を得る努力を怠れば政府に対する不信感はますます募る一方で、それでは問題の根本的な解決には至らない。政府や首相による説明責任が果たされているか、歳出カットや経済成長への道筋は示されているか、国民にはこうした政府の動向を注意深く監視していく責任があることを忘れてはならない。
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