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第4章 福祉国家に向けて |
by飯田 耕平 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
§0 はじめに■ 第4章では高福祉国家として定評のあるスウェーデンを参考に、そのモデルと高齢化対策を中心にみていく。現在も先進主要国からスウェーデン・モデルとして注目されるシステムに注目しながら、日本とは異なる年金制度や政府と社会保障の関係性を探っていきたい。勿論、スウェーデンの事例をそのまま日本に当てはめればよいということを論じるわけではなく、一つの選択肢として福祉大国をケーススタディとすることは大変有意義であると考える。
§1 スウェーデン・モデルの変遷■ さて、多くの先進国から注目の的となった「スウェーデン・モデル」と呼ばれるシステムはどのようなものなのか。まずは1930年代から始まり1970年のオイルショックを経験するまで順調に機能してきた「伝統的スウェーデン・モデル」の主な特徴を以下にまとめてみた。
■ まず(1)は国民の所得による格差を設けていない所がポイントで、公平性・平等性が強調されている。(2)はスウェーデン・モデルの大きな目標でもあり、政府は積極的労働市場政策(ALMP)を採用し、失業者に対して手厚い失業手当の給付と再就職支援を行うことで、長期失業者の増加を防いだ。 ■ (3)の独特の混合経済とは、自由市場や民間企業といった市場経済原理を基盤としながらも、国民に広く再配分することを積極的に行うことである。公的セクターにおける政府介入の度合いが大きいこともその特徴であろう。 ■ (4)の協調主義的な労使関係は、スウェーデン・モデルの成功に大きく貢献したといわれている。この協調体制によって労使間の対立は抑制され、ストなどの紛争も抑えられた。賃金制度には、同一労働市場同一賃金の「連帯的賃金政策」が採用されていたため、労働者間の賃金格差は非常に小さかった。 ■ このような特徴を持ったスウェーデン・モデルの最終目標は、「市場経済原理の中で完全雇用と平等を達成すること」である。そのためインフレや賃金格差の抑制、そして経済の効率性の追求が「大きな政府」の下で積極的に行われていたのである。 ■ そして1970年代のオイルショックの頃までスウェーデン経済は順調に成長し、その間のさまざまな施策によって国際的に高福祉国家としての地位を確立していくことになる。「2階建て」年金制度、女性の社会進出、低い男女賃金格差、生活水準の高さなど、当時の先進諸国はこぞってスウェーデン・モデルに興味を示し自国での試みを検討した。また早くから高齢化問題に直面するなど、先進諸国が抱える社会構造上の問題点を既に抱えていたことも、スウェーデンが「経済・社会の実験室」と呼ばれた所以であったと考えられる。 ■ ところで2度にわたるオイルショックの影響と完全雇用維持のための財政赤字の膨張により経済が悪化すると、スウェーデンにおいても新自由主義的な議論が登場し、政府は伝統的スウェーデン・モデルの修正を余儀なくされる。そして1982年、ケインズ的マクロ理論でもサプライサイド重視のサッチャー的政策でもない、「第三の道」と呼ばれる経済政策が採用されたのである。これは生産拡大路線と歳出カットを同時に行う性格を持ったものであったが、世界経済の好転も相まってスウェーデン経済は一時回復に成功した。 ■ それでも1990年代初頭にバブル崩壊による戦後最大の不況を経験してしまうと、スウェーデンにおいてもついに増税と財政赤字削減策が主流となる。国民の中にも経済・財政危機を経験したことで危機感が高まり、政府の修正・改革案を強く支持した。政府は過剰な福祉政策に見直しを図り、一方で効率性を追求することで政府の合理化を進めた。こうした改革の中で福祉政策についてはエーデル改革や年金改革が行われ、それが現在の堅調かつ高福祉国家の基礎となっているのである スウェーデン・モデルの変遷
■ このようにしてスウェーデン・モデルの変遷を簡単に見てみると、80年代の経済危機、90年代初頭のバブル崩壊不況時に叫ばれた「伝統的スウェーデン・モデルの崩壊」論は一方で正しいのかもしれない。伝統的スウェーデン・モデルは1970年ごろまでは非常に機能していたが、グローバル化や成熟経済にはなじまないという側面は確かにあるだろう。 ■ しかしスウェーデン・モデルは幾度とない修正を加えられながら時代に適応していき、完全雇用を目指した質の高い福祉の持続的実現に挑戦している。現在も社会保障の手厚い国として高いパフォーマンスを保っており、その意味においてスウェーデン・モデルは形こそ若干の修正があるにせよ、その芽は確実にスウェーデンに根付いているといえよう。
§2 スウェーデンの年金制度■ 次に90年代に行われ「世紀の改革」とまで賞賛された年金制度改革を見てみよう。それまでの年金制度は基礎年金と付加年金からなる「2階建て」の給付構造であったが、改革により所得比例年金一本の「一階建て」に変更された。新制度は1999年に施行され、2001年から支給を開始した。 ■ 最大のポイントは付加年金を「確定給付型」から「確定拠出型」に変え、「税金方式」ではなく「保険方式」が採られたことだ。保険料は賦課部分と積立部分に明確に分け、それによって世代間の不公平感を解消することに成功した。つまり高齢化リスクは現役世代が負うという考え方を改め、大部分のリスクは高齢者本人がその現役期間に負うという自己責任的な考え方に移行したということである。そのため、この新たな制度は国民に働く意欲を与えるという意味においても画期的な改革であったといえる。 ■ この制度は先進諸国にとっても非常に理想的なものではあるが、一方で既存の制度からの移行に伴うリスクも極めて高いため、現実的にはなかなか実行されないでいた。そんな中スウェーデンは国民の支持の下にドラスティックな改革を推し進めたのである。そういった意味ではこの年金制度改革は制度としても確かに素晴らしいものであるが、改革を決断した民意という点でも高く評価するべきであろう。
§3 少子化対策と高齢化対策■ スウェーデンは世界に先駆けて高齢化問題に直面した国としても有名である。しかしいまだに高齢化が社会や国民生活に支障をきたすような深刻な問題には発展していない。それはすべての国民が生活基盤強化に熱心に取り組んだ結果である。少子化についても同様で、他の先進主要国が抱えているような深刻さは感じられない。 スウェーデン国民人口動向
(数値は参考文献掲載の表より参考。2010年以降は予想)
(国立社会保障 人口問題研究所より作成) ■ まず上の数値を見ればわかるが、スウェーデンの国民人口は日本ほど深刻な減少傾向にない。日本の合計特殊出生率が1.29(2005年)を割り込んだのに対し、スウェーデンは1.65(2003年)と高い。これは少子化対策が早くから講じられてきた結果であろう。スウェーデンでは出産期女性の労働力率も84.3%と極めて高く、育児休業制度も充実している。そのため一般に先進国が陥る、「女性の社会進出の増加に伴う少子化の影響」はほとんど見られない。 ■ 高齢化に対しては、まず労働力の確保として女性の社会進出が活発であるばかりか、高齢者の就業率も極めて高い。下の表の数値の通り、欧州各国と比較しても就業率の高さは群を抜いていることがわかる。2001年からは法定定年年齢を65歳から67歳に引き上げるなど、高齢者の雇用に積極的といえる。 高齢者(55歳から64歳)の就業率
(中央統計局より作成)
§4 政府が行うべきか、民間が行うべきか■ スウェーデンのケースでは国家が大部分において国民の福祉に責任を負っていたが、そのスウェーデン・モデルにも若干の修正が行われてきた。グローバリゼーションの流れの中では、もはや自国の政策も一国だけの問題として扱うことはできない。労働力が不足しているならば移民の受け入れを始めるという選択肢もあるだろうが、その時移民にはどのような社会保障を与えるのかなど、ますます問題は複雑化してくる。 ■ 今後は今まで政府が行っていたような公的サービスを、民間が代わって提供するケースも増えてくるだろう。例えばPFIのように政府がスキームを構築し、運用を民間が行うという形も考えられる。ここで重要なことは情報の非対称性をいかに克服するかだ。公的部門がディスクロージャーを積極的に行うことにより参入コストが下がれば、NGOやNPOといった組織にますます活躍の場は拡がるはずだ。 ■ いま日本政府は「官から民へ」を合言葉に、小さな政府へ向けて権限委譲を進めている。しかしながらその一方で社会保障制度に関する分野では、政府の役割に期待する部分が大きくなってきている。このような中で国民の福祉についてどこまで国が責任を持つのかといった議論はますます重要となってくるだろう。
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