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第10章 2050年のEU Part1 |
by葛原 怜 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
§0 はじめに■ 欧州に共同体と称する最初の国際組織が実現したのは、1952年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の発足によってであり、58年には欧州経済共同体(EEC)および欧州原子力共同体(EAEC)が発足した。これらの3共同体は67年7月以降欧州共同体(EC)と称され、やがて冷戦の終焉とともに欧州同盟(EU)と呼称されるに至った。 ■ 現在、イギリス、デンマーク、スウェーデンを除くすべての加盟国が自国通貨に代えて単一通貨ユーロを採択していることは、周知の事実である。当初、欧州大陸の六カ国(ベネルクス三国、イタリア、フランス、西ドイツ)によって誕生したEUはすでに25カ国へと拡大している。総人口は4億5500万人にも上り、中国、インドについで第3位の人口を持つ国となっている。 ■ EUの拡大が進む経済的理由は、単一経済圏としての市場規模、そしてEUの豊かな財政支援が挙げられる。これは新規加盟国には常に魅力的で、欧州統合の成功の背景でもあった。経済統合による規模のメリットや通貨政策の統一による為替リスクの排除など、ヒト・モノ・カネの自由な動きこそが欧州統合の経済的メリットなのである。 ■ 本章では、EUという共同体の利便性や問題点を考えるというよりは、それらを簡単に踏まえた上で、2050年のEUの経済や人口、そして環境などについて考えていきたいと思う。
§1 現状のEUの諸問題■ 25ヶ国に増えたEUの今後の運営をめぐっては、様々な問題が予想されている。さしあたり問題となるのが新旧加盟国間の経済格差である。今回の10ヶ国の新規加盟でEUの人口は約20%増えるが、GDPの増加は5%程度に留まる。また一人あたりGDPで見ても、新規加盟国10ヶ国の平均は拡大前のEU15ヶ国平均の約4割程度である。これまでEU内で各種補助金を受ける側であった国も、資金を拠出する側に回る可能性が高く、またEU予算の主要部分を占める農業予算の配分をめぐっても意見の衝突が生じる恐れがある。 ■ こうした新旧加盟国間の経済格差は中長期的には縮まっていくものと思われるが、労働力の移動の自由などを含む完全な統合を実現するまでには、一定の移行期間を設けざるを得ず、EUに加盟すれば西欧並みの社会生活が実現すると考える東欧諸国の市民の中には、早速EUに不満や失望を抱く人々が現れるということも懸念されている。今回の新規加盟国にはすべて将来のユーロ導入が見込まれているが、それを達成するまでには多くの課題を克服する必要があろう。 ■ また、外交・安全保障政策においても、中東欧諸国が今回EU加盟を果たしたことは、特に対米関係をめぐって、いわゆる「古い欧州」と「新しい欧州」との意見の対立がより明確に EUの内部に持ち込まれることを意味する。イラク情勢をめぐる米欧の疎隔は、同時に欧州内部における意見の相違を浮き彫りにしたが、その一方でEUによる安全保障政策の枠組みは着実に進められており、2003年にはEUの緊急対応部隊がバルカン半島やアフリカで一定の成果を収めている。 ■ フランス・ドイツ・ベルギーなどは、こうしたEUによる安全保障の枠組みをよりアメリカから自立的な形に整備しようと試みてきたが、元来親米色の強い中東欧諸国は、EUがNATOの管掌領域を蚕食するかのような動きに対しては極めて否定的である。この問題は今後のEUにおける大きな争点のひとつである。 ■ いずれにせよ25ヶ国の間で合意を取り付けながらEUの意思決定を行うのは容易なことではない。しかしそんな中、現在ルーマニアとブルガリアが加盟交渉を続けており、順調に行けば2007年には加盟を果たす。さらにクロアチアが加盟候補国に入る見通しであり、また交渉の目処は依然立っていないが、トルコも加盟候補国に含まれている。中東欧諸国の今回のEU新規加盟は、欧州とは一体どこまでを指すのかという根本的な問いにEU各国が改めて向き合わざるを得なくなったということを意味する。 ■ それは必然的に欧州のアイデンティティそのものに対する問い掛けであり、今後とりわけトルコの加盟問題が、欧州のアイデンティティを端的に問うことになるであろう。EUは新しい段階に差し掛かった。EUは現在、意思決定の枠組みや将来の展望を含む欧州統合の新たなビジョンを提示することを求められている。その意味でもEU憲法条約の帰趨は非常に重要である。EU憲法条約の調印そして批准の行方は、25ヶ国の拡大EUにとって最初の試金石となる。
§2 2050年のEU人口■ 現在、EUの人口は先述した通り、4億5500万人とされている。以下のグラフを見てほしい。このグラフは国連の中位推計によってEUの人口を予測したものだが、右肩上がりの人口も2030年頃を境に、減少していくことが読み取れる。もちろんその原因は、今先進国で問題となっている少子高齢化が原因である。欧州の国々といえば、女性の社会進出や、少子化問題について早くから取り組んでいたイメージがあるが、実際にその効果が発揮されているのは一部の北欧の国々であって、大多数はそういうわけにはいっていないのが現状だ。 ■ 欧州委員会は、2005年3月17日、EUの人口動態の変化とその影響に関する報告書(グリーンペーパー)を発表した。報告書によると、EUでは、現在から2030年までの間に生産年齢人口が2080万人(6.8%)減少し、2030年にはおよそ2人の現役労働者(15〜65歳層)が1人の高齢者(65歳以上)を支えなければならなくなるという。また、子供や若年者の数は、現在より1800万人減少するという。 ■ これらの影響は、高齢者や年金の問題に留まらず、企業の事業展開、労働組織、都市計画、住宅設計、公共輸送、投票行動、購買力の基礎構造など、生活のほぼすべての面に及ぶと考えられる。人々は、より健康で長生きするようになり、平均寿命が上昇し、ベビーブーマー世代が高齢化するにつれ、2030年までに高齢者層(55歳〜64歳)の人口は2400万人増加する。80歳以上の人口は、2030年に3470万人(現在は1880万人)となり、2050年までに180%増加すると予想されている。 ■ EUの合計特殊出生率は、2003年に人口を維持できる水準以下の1.48に低下した。上図からも分かる通り、EUの人口は、2025年の4億6950万人から、2030年には4億6870万人に減少する。さらに揺ぎ無い事実は、EUの3分の1及び新規加盟国のほとんどの地域においては、1990年代後半に既に人口が減少に転じていることである。 ■ 生産年齢人口に依存して生活する若年者や高齢者の生産年齢人口に対する割合は、2005年の49%から2030年には66%上昇する。生産年齢人口の減少を補うためには、70%以上の就業率が必要となる。欧州委員会は、これら人口動態の変化が、社会の繁栄、生活水準、世代間の関係について重要な影響を及ぼすとしている。現代の欧州は、出生率の向上なくして経済成長を実現することはできないだろう。 ■ 家族手当、両親休暇、育児休暇、男女均等待遇などの優遇措置は、出生率に好ましい影響を与え、いくつかの国で見られるように雇用、とりわけ女性の雇用を増加させる。しかし、ユーロバロメーター(Eurobarometer)の2004年の調査によると、男性の84%が両親休暇(育児休暇)を取得したことがない、または権利を与えられても取得するつもりはない、と回答している。報告書は、出生率の低下は政治のみでは解決できず、女性が出産後に「悪い母親」として職場復帰し、「軟弱な男性」のみが子供の世話をするという社会の実態を変えていかなければならないと主張する。 ■ 世界でも早くから、少子高齢化が問題となっていたEU。日本から見れば、少子化対策の先進国であるEUだが、現実問題として更なる改革をEU全体でしていかなければ、生産年齢人口減少による国家崩壊の危機に2050年は立たされてしまうだろう。
§3 EUとWTOと貿易
[Eurostatより参考] ■ 上図のようにEUのGDPを見るとやはりその存在は偉大だ。25カ国が集まっているのだから当然かもしれないが、2001年時点で世界第2位のGDPを誇っている。EUの経済を考える上で特に重要となってくるのは、自由貿易であろう。域内の国同士の貿易には関税を撤廃し、相互の移動がとてもスムーズである。このEUの貿易経済についてWTOとの関係を含め考えてみよう。 ■ WTOは、関税と貿易に関する一般協定(GATT)のもとで開催されたウルグアイ・ラウンド多角的貿易交渉の結果、旧GATTを拡大・強化して95年1月に発足したものである。その目的は、国際貿易における@差別待遇の廃止とA貿易障壁の削減・撤廃を通じて、自由で無差別な国際貿易の推進、すなわち多角的貿易自由化を達成することである。 ■ WTOは通商政策における国家の行動様式を規定するルールを提供するとともに、貿易障壁の漸次的削減を達成するための国際交渉の場を提供することで、多角的自由化という目的に貢献している。WTOの規範の中核となるのが、第三国間の差別を禁止する最恵国待遇(MFN)原則と内外差別を禁止する内国民待遇原則である。 ■ WTOの根幹を成す最恵国待遇原則は、輸入品の取り扱いにおいて第三国間での差別を禁止する。具体的には、「同種の産品」の扱いにおいて、ある国に供与される最も有利な待遇(例えばある産品の無税扱い)を他の全ての加盟国に「即時無条件」で適用することであり、輸出原産国間における形式上及び事実上の差別待遇を禁止するものである。 ■ つまり、EUを含む関税同盟や自由貿易協定は、加盟国の間に限って関税を撤廃するため、最恵国待遇原則からの明白な逸脱ということになるのである。しかし、その貿易創造効果も否定できないため、GATT24条において一定の条件のもとで、最恵国待遇の例外として許容されている。 ■ EUに関して言えば、1957年にEECが発足した際、加盟国は当時のGATT締約国との間で、ローマ条約のGATT24条との整合性について協議を行った。しかし、その合意を得ないまま、域内統合及び拡大が先行し、今日に至っている。つまり、未解決のままなのである。 ■ では、実際の貿易はどうなっているのかというと、20世紀初頭から自動車をはじめとする電化製品や様々な最先端技術を駆使してきた欧州だが、昨今では日本やアメリカの自動車メーカーに追随を許し、その存在感を失いつつある。が、世界でもその貿易額はいまだにトップクラスである。2002年の欧州委員会の資料では、国際貿易の輸出では37%と世界一位の規模を誇っている。しかしながら、中国や東南アジアなどの急成長に伴い、自動車部品や電子部品などのものは安価な労働力ゆえにEUにとって厳しい競争が行われるようになってきているのも現状で、45年後を視野にいれた産業(エコビジネスなど)の構築が必要不可欠だろう。
[外務省HPより参考] 主要貿易品目(地域(国)別商品別輸出額) (2003年)
[外務省HPより参考] §4 これからのEU■ 以上のことを踏まえた上で、2050年のEUを考えると、その鍵はやはり、新規加盟10カ国にあるように思える。昨年の新規加盟10カ国の実質経済成長率は5.0%と前年(3.8%)に比べて加速し、既存のEU15カ国の成長率(2.2%)を大幅に上回った。この高成長は他のEU諸国への輸出の拡大と設備投資の増加によるものである。EU加盟により、通関手続き等が簡素化され、他のEU加盟国への輸出が拡大しやすくなるというメリットを享受したといえよう。今年の成長率は昨年を下回る4%程度と予想されるが、依然としてEU15カ国を大きく上回る成長が続くとみられる。
[Eurostatより参考] ■ 一方、新規加盟国は、ユーロ参加基準をクリアするために、財政赤字の削減を始めとした各種の経済構造改革を今後も実施しなければならない。これらの改革は短期的には景気にマイナスの影響を与えるだろうが、やや長い目でみると、2007年にもEUへの加盟が認められるとみられるブルガリアとルーマニアを加えると、中・東欧諸国は人口1億人以上を有する一大消費市場とみることもできる。現在EU15カ国平均の約半分に過ぎない一人当り所得が高い経済成長により増勢を強めており、生活水準も着実に上昇してきている。 ■ 既存の加盟国の中には、EU拡大によるメリットよりもデメリットの方が大きいとして、不満の声が強まっている。EU憲法案における最終意思決定方法やEU予算の配分などにみられるように、既存加盟国が不利になっていると感じている。しかし、既存加盟国にとっては、自らの経済効率を高めつつ、共通市場の拡大を図る以外に経済の安定的な高い成長を持続させる道はなかろう。相対的に高い経済成長が可能な中・東欧諸国を包摂することで、経済に刺激を与えて、経済構造の改革を推進する契機とすべきである。 ■ EUでは、「拡大」という言葉は、「深化」という用語と共によく使用される。EUでは、この二つの用語は重要な意味を持つ。「拡大」とは外形的な発展、つまり加盟国の増加を言う。また「深化」とは、欧州統合の質的な発展、つまり政治制度としての連邦的発展と言い換えてもよい。2050年に向け、「拡大」の限界はロシアやトルコの未加盟国と中立国をどうするかという点に絞られるが、「深化」の方はどこまで行われるのか。次章で、環境と共にその制度改革を取り上げたいと思う。
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