§0 はじめに
■ いま人々は不安を抱えている。それは雇用不安や日本経済に対する不安である。これらの不安はもちろん現在の景気の停滞が原因であろう。しかし果たして原因はそれだけだろうか。景気とは絶えず循環するものであり不況は通常の姿である。つまり単なる景気の停滞というだけでは、多くの人々が抱える言い知れぬ不安は説明することができないだろう。
■ この言い知れぬ不安はどこからくるのだろうか。おそらくこれからの会社や雇用について、我々がはっきりと見通しが立てられないことが原因であるに違いない。その意味でこれからの会社についての知識を得る事は大変重要なことである。幸運なことにこの程、岩井克人氏の『会社はこれからどうなるのか』(2003年 平凡社)という最良の教科書と出会うことができた。ぜひ原文を読んで欲しいが、以下に要約を試みた。今後の会社に対する理解を深める手助けになれば幸いである。
§1 リストラに見る日本経済の構造変化
■ いま多くの会社が「リストラ」を行っている。これまで聖域とされてきた終身雇用制度が揺らぎ始めているのである。これは日本型会社システムに絶大な信頼を寄せる多くの人にとって耳を疑いたくなる事実であろう。これから就職を迎える学生や現在企業で働くサラリーマンは、今後の会社がどうなるのかという大いなる不安を抱いているに違いない。この将来に対する不安を払拭するためにまず、なぜ会社がリストラを敢行し始めたのかについて考察を加えていきたい。
■ 日本の会社がリストラに乗り出した理由、もちろんその第一の答えは現在の景気低迷である。バブル崩壊をきっかけとしたその停滞ぶりは「失われた10年」と評されるまでになり、21世紀に入ってからも一向に日本経済回復の兆しは見えないままである。いま、日本経済はかつてない低迷状態に陥っているのだ。
■ しかし単なる景気の低迷、つまり景気循環の一局面としての低迷状態というだけでは、日本企業がこぞってリストラを進めるという動きを完全には説明できないだろう。そこで景気の低迷という短期的な視点からではなく、構造的な変化をも視野に入れたもう少し長期的な視点からも検討してみることにしよう。
■ すると日本経済はいま大きな構造変化の波に巻き込まれていることがわかる。すなわち資本主義の「グローバル化」「IT革命」「金融革命」の波である。実はこの3つの構造変化こそ、日本の会社をリストラせざるを得ない状況へと追いやっているのである。以下、順に見ていこう。
§1−2 3つの変化
■ まず「グローバル化」であるが、これにより言うまでもなく生産者は国際的な競争を強いられてしまう。確かに日本企業にも多くの勝ち組グローバル企業が存在するが、やはり一般的には国内市場を侵食され、さらに低コストの国々と競争しなければならない苦しい企業の方が多いだろう。そのため海外に生産拠点を移す企業もあるが国内の産業空洞化を招くなど弊害がある。やはりグローバル化は少なくとも短期的には、国内の雇用を減少させ多くの企業にリストラを強いる要因である。
■ 次に「IT革命」であるが、これは日本型の会社組織が持っていた相対的な優位性を突き崩す要因となってしまっている。米国などと異なる日本の企業組織の強みは(1)現場主義・情報の共有(2)中間管理職に一定の裁量権を与える分権的な組織構造 である。しかしIT革命によって、現場のコツやノウハウといった情報はデータベースで管理されるようになり、そうすることで日本独自の長所であった現場主義による複雑な生産工程を、コンピュータによって他の国々もシミュレート可能になってしまったのである。
■ また情報ネットワークの発達がトップダウン一辺倒のアメリカ型情報ネットワークを変貌させてしまった。社員同士が比較的自由に情報交換できるようになったのである。そのため調整役である中間管理職の有用性、権限が減少し、日本企業の強みが発揮しづらくなったのである。IT革命によって日本企業独自の優位性は崩壊し、競争力が弱体化してしまったと言える。
■ 最後に「金融革命」であるがこれは資金調達方法の変化をもたらした。それまで日本企業は主としてメインバンク制をとっていた。銀行が長期的なビジネスパートナーとなることで、企業の安定的な存続・成長に貢献していたのである。しかし金融革命が起きてからは、十分な信用さえあれば誰もが低い利子率で自由に資金調達可能になった。世界的にはこれは歓迎すべき革命であったが、日本においては逆にメインバンク制からの脱皮を意味することになってしまった。株主制に移行した結果、当然日本企業は従来よりも高い利益率を目標とせざるを得なくなる。そのため経営が圧迫されリストラの加速にも繋がったのである。
■ このように3つの構造変化の波が、不況と絡み合いながら日本の会社に構造的な圧力をかけているのである。これが日本経済の停滞を長期化させている要因になっている。ところでこれら3つの潮流は世界的、特に90年代のアメリカ経済には大いにプラスに作用している。この差は一体何なのであろうか。どうやらそれは日本の会社が欧米と異なる会社構造をしているからのようである。
§2 日本の会社構造
■ それでは日本の会社はどのような構造をしているのであろうか。一般的に日本的経営に挙げられる代表的な特徴を以下に挙げてみよう。
(1) 欧米と比して株主の発言力が弱い。
(2) 利益率よりも会社組織それ自体の成長、拡大を望む。
(3) 従業員は終身雇用制、年功賃金制、会社別組合に守られていて帰属意識も強い。
(4) 命令系統はトップダウンでなく情報の共有が基本。ボトムアップ的。
(5) 株の持ち合い。長期的な経営目標の設定可能に。
(6) 垂直的な系列関係を長期的に維持する。
(7) メインバンク制。
このような会社共同体的な発想が日本企業の特徴であり強みでもあった。
■ 日本の会社構造が最も適応したのが第二次産業革命(19世紀後半から20世紀前半にかけて重化学工業部門を中心とした技術革新)以降である。このころは利潤を生み出し成長するために必要な要素として、組織特殊的な人的資産を育成することが重要であった。そのため会社共同体的な日本型の会社システムが見事にマッチし、その後の高度経済成長を実現できたのである。
■ しかしあまりにも産業資本主義、特に第二次産業革命以後の産業資本主義に適応した会社システムを築き上げてしまったことが、実は逆に現在の構造変化の流れにうまく対応できない原因となってしまっている。つまり産業資本主義にマッチし過ぎているがゆえに我が国はスムースに「ポスト産業資本主義」に移行できず、そのためグローバル化、IT革命、金融革命にうまく対応できないのである。
§3 資本主義の歴史
■ ところで、今出てきた「ポスト産業資本主義」とはいったい如何なるものなのだろうか。実はこの「ポスト産業資本主義」を理解することが、これからの会社展開を考える上で最も大切なことなのである。そこで理解をより深くするため、ここでは資本主義について簡単に振り返っていきたい。
■ 資本主義の歴史は古い。そもそも資本主義とは利益を永続的に追求していく経済活動のことである。また「差異性からしか利潤は生まれない」という基本原則を持っている。以下では簡潔に資本主義の歴史を見ていこう。
■ 古代から存在した「商業資本主義」とは2つの市場の価格の差異を媒介して利潤を生み出す方法である。地理的にギャップのある2つの地点を商人が行き来し、価格の差異で儲けるのである。
■ 18世紀後半に始まった産業革命により、資本主義の支配形態は「商業資本主義」から「産業資本主義」へと転換する。産業資本主義は労働生産性と実質賃金率との間の差異性が利潤の源泉なので、安価で大量の労働者の存在が不可欠である。しかし20世紀後半に先進諸国において農村の安価な労働者が枯渇してしまう。そのため上昇した実質賃金率と労働生産性との差異性がどんどん縮まり、その結果もはや単純に機械制の工場を建て稼動させるだけでは利潤が確保できなくなってしまうのである。
■ そこで登場するのが資本主義の究極の形態、「ポスト産業資本主義」である。これは差異性を意識的に創る時代の到来を意味する。自らを他と差異化し続けなければ利潤は生み出せない時代である。絶えず変化し「新しさ」を目指す、ポスト産業資本主義においては資本主義の基本原則を意識的に利用しなければならない。実は§1で触れた3つの構造変化は、このポスト産業資本主義の兆候なのである。
■ IT革命はポスト産業資本主義によって情報技術の発展を促した結果である。実は差異性の創出を究極に突き進めると「情報の商品化」にたどり着く。この情報の商品化こそIT革命の原動力なのである。
■ またグローバル化は枯渇した国内の余剰労働力の代わりに、安価な労働力を全世界に求めたために拡がった動きである。当然新たなマーケットの拡大や世界戦略という要素もあるが、要するにグローバル化は国内で産業資本主義の原理の有効性が失われたため、世界を舞台にその原理の追求が行われた結果である。
■ 金融革命もポスト産業資本主義の影響である。おカネが媒介できる何らかの差異性を見つけだそうとした結果、グローバルな金融市場が成長していったのだ。金融市場とは時間・空間・リスクに対する人々の好みや嗜好の違いを差異性として利潤を得ている。これは商業資本主義の基本原理が背景にある。金融革命とはこの差異性を高度なデリバティブによってさらに細分化したものである。
■ 実は人々が言い知れぬ不安を抱いていたのは、言葉では言い表せない何らかの長期的な変化の潮流を、我が国の現状から感じ取っていたからなのである。そしてその長期的な変化の正体こそ、まさに我が国が「ポスト産業資本主義」へと移行していく動きであったのである。
§4 これからの会社
■ これからの会社、ポスト産業資本主義における会社とはどのようなものであろうか。そのためにまずポスト産業資本主義の現れである3つの側面について観察してみよう。
■ 実はグローバル化には全世界を1つの市場にすることで、各地の伝統といった様々な差異性を標準化してしまう性質がある。また金融革命によって世界中の人がほぼ同じ条件でお金を調達できるようになった。これはお金の価値の相対的な低下を意味すると同時に、お金の標準化されたことを意味する。
■ そしてIT革命は多くの製品や技術デザインを「オープン・アーキテクト」化させた。またインターネットは多くの情報をグローバルに拡散させ、世界中の人が同じ情報を共有できるようになった。つまり情報を標準化したのだ。
| ※注 オープン・アーキテクト化 |
直訳すると「公開建築」。製品や技術デザインを幾つかのほぼ独立したモジュールに分解しその間を規格化されたインターフェースで連結すること。 |
■ つまりポスト産業資本主義においてはモノもカネも情報も全てが標準化されてしまう強い傾向があり、そのなかで差異性を意識的に創り出すという「矛盾」がその本質にある。ポスト産業資本主義時代の会社のあり方を考えることは、すべてが標準化される中でいかに差異性を創りまた維持していくかを考える事とイコールなのである。
■ 例えばアメリカのパソコン会社のデルはオープン・アーキテクト化によって、本体の生産は自社工場が、他は30ほどある部品メーカーに分かれていて、注文が来ると指定されたとおりに組み合わせて顧客のニーズに応えるシステムを作り大成功を収めた。しかし重要なことはデル社が今後も独自の差異性を保ち続けられるかである。
■ こうした中で会社組織のあり方は、二極分解していく傾向にある。それは大きくなることと小さくなることである。従来は大きいに越した事はなかったがこれからはこれまで支配的であった規模の経済・範囲の経済から企業活動が自由になった。情報の流通については、「デ・ファクト・スタンダード」の原理が働く。これによって、少数の製品や会社が市場を支配してしまうことも可能である。
| ※注 デ・ファクト・スタンダード |
「事実上の標準」。あるモノが標準となっていることはそれが大勢の人に標準として使われているからに他ならないということ。 |
■ また重要な要素としては「コア・コンピタンス」を持つことである。すなわち他の会社が容易に模倣できない独自の差異性を創造し拡大していく能力である。しかしこの能力は短期的には良いが長期的にはポスト産業資本主義に合わない。変化に対応できないためである。そこで個別の製品や技術に特化するコア・コンピタンスではなく差異性を生み出せるコア・コンピタンスを持つ事が良い。
§5 会社は誰のものか
■ これまで「株主のもの」というアメリカ型の考えと「従業員のもの」という日本的な考えの2つの議論がなされていた。しかし近年における日米の経済パフォーマンスの差から株主主権というアメリカ型の考え方がグローバル標準になろうとしている。しかし本当にグローバル標準になりうるのであろうか。
■ 例えば最もポスト産業資本主義を象徴するマイクロソフト社を見てみよう。390億ドルという市場価格の内、23億ドルが有形資産、370億ドルが無形資産であった。無形資産とはブランド名や特許権、データベースなどを指す。さらに厳密には経営者の企画力、技術者の開発力、従業員のノウハウなどが該当する。もちろんコア・コンピタンスも無形資産である。
■ つまりポスト産業資本主義においてはカネで買える有形資産より買えない無形資産の価値が上がるというわけだ。ポスト産業資本主義における最大の利潤の源泉は、差異性を創り出していくことのできる人間の知識や能力である。そのためこれからの会社は、社内の無形資産や知識資産を最大限に発揮できるよう、環境を整えなければならないだろう。
■ 要するにこれからの会社組織において支配的な組織形態は存在しない。お金による支配から開放されるのである。なぜなら利潤は差異性からしか生まれないからである。つまりいかにやる気を起こさせる人間組織をデザインするかがその企業の命運を決する鍵となる。
■ その点、お金の重要性が相対的に低くなっていく中で「株主」という資金提供者の価値も下がってくる。そうなるとやはり株主主権論の正当性が疑われ始めてしまうのである。
■ しかし、もちろん日本的経営がそのままポスト産業資本主義におけるグローバル標準となることもない。やはり日本的経営も変わらなければならないのである。なぜなら日本の会社の環境は、差異性を創り出すことに必須の、仕事が内発的に行われるために必要な自由で独立した環境とは大きくかけ離れているからである。
■ とにかくこれからも会社の存在がなくなることはない。むしろポスト産業資本主義における会社とは、知識志向的な従業員が自由に創意工夫を行える場の提供者としての役割を積極的に果たしていくと考えられる。しかし今後は、会社で一定の経験を積んだサラリーマンが自ら企業を起こす選択肢を持つことが当たり前になっていくだろう。またそれが常に差異が生み出され続ける状況につながり、日本経済が健全な発展を遂げていくために重要なことなのである。
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