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● ディズニーランドの経済学

第1章 ディズニーランドの特徴

by葛原 怜

§0 はじめに

■ 失われた10年とも言われ、長引く不況のこの世の中で、年々事業の拡大をしつつ、なおも顧客を増やしていくディズニーランド(ディズニーリゾート)には、単なるアミューズメントパークという枠組みを超えた何かしらの秘密が隠されているように感じられてならない。どの企業も人を集め、そこに魅力ある経済市場を作りたいと考えてはいるが、なかなかできないでいる。その魅力の鍵を、ディズニーランドの戦略を探求することで見出したいと思い、以下の書物を参考に整理しようと思う。

参考文献: 「ディズニーランドの経済学」(2001年 朝日文庫) 著 粟田房穂・高成田亨
「ディズニーリゾートの経済学」(2001年 東洋経済新報社) 著 粟田房穂
「週刊東洋経済」(2002年 東洋経済新報社)


§1 ディズニーランドとは

■ 数あるテーマパークの中で、ディズニーランドはエンターテイメント性という点で単なるアミューズメントパークの域を越えている。「エンターテイメント」とは「人の気持ちを心地よくさせるような行為、楽しみ」といった意味であるが、同じような意味である「アミューズメント(娯楽)」よりもやや意味が広い。それは「人をもてなす」というニュアンスで異なる。

■ 建物のデザイン、施設のレイアウト、アトラクションのストーリー、キャストのサービス振り、映像、パレード・・・。単なる娯楽の域を越えて、テーマパークの中のあらゆるものが「人を楽しませる」というルールに沿って作られている。その意味でディズニーランドは徹底したエンターテイメントの世界なのである。現代の消費社会では、エンターテイメントの視点を欠いたビジネスは生き残ることができない。

■ ショッピングモールが、ホテルが、ブティックが、書店が、銀行が、食品会社が・・・・色々な分野に次々とエンターテイメント性を取り入れている。近年急速な成長が著しいインターネット市場も、他の分野以上にエンターテイメント性を必要としている。こうした企業にとって、エンターテイメントの導入は、その他大勢の企業から一歩抜け出すための戦略なのである。その点でディズニーランドは一つの見本となっている。

■ 今や世界一のテーマパークとなっているのは言わずと知れたディズニーランドであることは世界中の人々が認める事実ではないだろうか。1955年にアメリカでオープンしたディズニーランドは、1983年に日本にも開園することになった。1983年4月15日に開園して以来、一周年を待たずして84年の4月2日に入園者1000万人を超えた。83年の8月13日には一日で9万4000人も入り、米国のディズニーランドやディズニーワールドの入園者記録を更新するまでになった。当時の浦安市の人口は8万3000人であるので、それを上回ったことになる。






■ 入園者数について言うならば、初年度が993万3千人、84年度が1001万3千人、85年が1067万5千人である。夏休み中の入園者数は85年度が255万人で、ディズニーランドは夏休みの人の流れを変えたといえる。都会から地方のふるさとに向けての流れのほかに、地方から東京への逆流を作ったのである。夏の東京のホテル需要が急速に伸びた原因の一つはこれである。

■ 開園一年間で入園者がディズニーランドで消費した金額は約七億円、1人平均7000円になる。これまでの遊園地では考えられなかった出費である。だが、来客の中でその値段に文句を言う人はいない。彼らは何を7000円で得たのか。物ではない。幸福感や夢のような気持ちだろう。物として多くの人が購入するお土産でさえ家に帰ってからも、幸福で夢のような気持ちを持続させ、近所にそのお裾分けをするためのものなのである。

■ 多くの人が知っていることかもしれないが、東京ディズニーランドはアメリカのディズニーランドやディズニーワールドの忠実なコピーである。35種類のアトラクションのうちアメリカにないのは2つくらいである。「本場の雰囲気をできるだけ楽しんでいただく」として、人形たちのせりふや歌の日本語化も最小限にしている。

■ 開園前は「設備もサービスももっと日本化しないと失敗する」と言われていたが、いざ成功すると「アメリカの忠実なコピーがウケた」と評価される。このように評価が180度転換したのは、米国流になじまないはずだった日本のお客たちが、思った以上に米国流を素直に受け止めたことにある。例えば、アメリカでは子供にしか売れないミッキーマウスのイヤーキャップは、日本では大人にも売れる。日本人の方がよっぽど米国人的であるということだが、日本人は感情を表に出さないという考え方はもはや通用しなくなったのだろうか。

■ 確かに日本人も徐々に米国人に近づいているかもしれないが、やはり日本人自体が変わったのではなく、アメリカの忠実なコピーが、「ここはアメリカ」という錯覚を起こさせ、米国人のように振舞わせているのだろう。ゲストもそうだが、キャストたちもよく見るとアメリカ人のように振舞っている。パレードやショーの出演者たちが、ディズニー本社から来たアメリカ人演出家の振り付けで大きなジェスチャーや豊かな表情を見せるのは当然だとしても、普通のキャスト達まで大げさな動作や仕草を身に付けている者もいる。キャストもここは「アメリカ」だという意識があるのであろう。この擬似アメリカ体験もディズニーランドの大きな魅力の一つであろう。

■ ここでディズニーランドの四つに分かれたテーマパークの「時制」と「空間」を考えてみる。アドベンチャーランドは、時制は定かではないが、空間はジャングル主体であることから熱帯地方と言える。ウェスタンランドの町並みは1870年頃の西部開拓時代を再現したことから時制は過去であり、空間は当然米国西部である。ファンタジーランドは、おとぎの国だから時制も空間も現代を超越している。トゥモローランドは、時制は未来で空間は宇宙となるであろう。

■ つまり、我々が生活している現在の日本という時間的、空間的設定はひとつもないのである。「夢と魔法の王国」ディズニーランドには現実がないのだ。現実ではない異空間を作り上げるために、あるいは現実を忘れさせるためにディズニーランドの演出家たちは全力をつぎ込んでいった。これまでの遊園地も夢の国やおとぎの国を作ろうとしてきたが、ディズニーランドはこの思いつきやアイディアだけでなく、あらゆる場所で夢作りを考え、それを統合させている。

■ ディズニーランドは異空間を生み出すために、現実との距離感をおく中間地帯が必要であると考えた。ディズニーランドの全敷地面積のうち、遊園地部分は56%で、このゆとりが現実から異空間に入る違和感を和らげる。工場地帯や住宅地から突然ディズニーランドに入るのでは、現実の印象が完全に消えないということなのである。また園内から周辺の建物が見えないのも、目隠しの樹木のほかにこのゆとりのせいであろう。

■ またディズニーランドではアドベンチャーランド、ウェスタンランドなど設計者の狙いに応じたテーマごとの仕切りが作られている。他の遊園地が雑然とアトラクションを並べているのに対し、ディズニーランドは整然としているし、今後新たなアトラクションが追加されても、テーマは一貫できるようにそれぞれゆとりを残すように設計されている。

■ そして、空間作りという意味では、建物や従業員が着る衣装、乗り物などいかに本物に近づけるかを考え、厳密な時代考証で妥協を許さないし、ごみや汚れ、あるいは食料運搬のトラックなどは現実を呼び起こすため、管理されている。これらのこまめな工夫が、ディズニーランドが大人にも本気で楽しめる一つの所以であろう。
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§2 日本人とディズニー

■ 「10年前にディズニーランドを日本で作っていたならばこれほど成功していなかっただろう」と当時ディズニー本社のマーケティング担当者は口を滑らせたと言う。10年前(70年代)との大きな違いは、可処分所得の増大である。この10年間に遊園地にこれだけのお金を使える人々が増えたのである。しかし、それだけでなく、顧客の意識が10年前と大きく変わっていることもディズニー人気に貢献しているだろう。

■ ディズニーの世界に子供の頃親しんだ世代が親になり、自分たちの子供もディズニーの世界に連れて行ってあげたいと思うようになる。彼らは子供を通して自分自身が子供の世界に、郷愁を感じる年齢になったのである。日本経済が60年代の高度経済成長から低成長時代へと変わって、がむしゃらに働いてGNP(国民総生産)を伸ばすのに疲れを感じ、「昔は良かった」と彼らも振り向きたかったのかもしれない。

■ 社会が多様化、専門化し、語るべき共通の話題が少なくなる中で、ディズニーの世界は安心して語れる話題の一つとなっていたのではないだろうか。大人たちは当時に限らず、現在も、今働いている現世に疲れを感じ、これから社会に出る青年たちもそんな大人になることを嫌がる。大人になるのを嫌う若者たちに、社会は「モラトリアム人間」「永遠の少年」「青い鳥症候群」などと様々なレッテルを付けてきた。

■ いつでも、心の中で「子供の頃に戻りたい」と叫んでいる大人は少なくないであろう。一時的であるとはいえ、大人をやめることができるディズニーランドに人気が集まるのも、自ずと納得できるのではないだろうか。当然、「ディズニーランドに行って、夢や幸せを味わいたい」と思うのは、大人だけではない。子供が親に「ディズニーランドに連れてって」と頼むことも多いだろう。

■ その時、多くの親は地理的な条件を別にすれば、レジャー施設としてディズニーランドは悪くないなと思うだろう。自分たちが子供の頃から親しんできたものであるから「ディズニーなら安心」という気になってしまう。ディズニーは健全でかつ家族ぐるみで楽しめる娯楽というイメージが、その名前を聞くだけで浮かんでくるようになっている。ディズニーが作り上げたこのイメージこそ、ディズニーランドの最大の武器なのである。

■ お客を一度だけでなく何度も呼ぶために、アトラクションなどを追加し、修学旅行や遠足などの学校団体のために「東京ディズニーランド体験学習ガイド」といったパンフレットを作るなど行った。このように、東京ディズニーランドはリピーター確保に努めている。今ではリピート率97.5%という恐るべき数値をはじき出している。

■ サービス産業はいったん人気が下がると歯止めがきかないということは、ディズニーランドは痛いほど良く分かっている。だから、今ある施設を処理しながら、絶えず新しいものへの投資を重ねている。追加投資としては園内のアトラクションだけでなく、隣接地域のリゾート化も含まれている。こうした作戦により東京ディズニーランドは確実にリピーターを増やしていき、今では年間1730万人もの人が来ている。エスカレートする客の要求に耐えうる経営は、まさにこの不況を知らないだろう。
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§3 時代とディズニー

■ わが国でレジャーという言葉が関心を集めだしたのは、昭和30年代半ば頃からである。昭和40年代に入って、それが本格的に社会全体に浸透し始めた。高度経済成長期に人々のレジャー需要は高まっていた。高度経済成長期は、大衆消費社会を作り出し、国民はその成果を享受していた。カー(自動車)、クーラー、カラーテレビの3Cに代表された耐久消費財は急速に普及し、暮らしに置ける物の充足はかなり満たされていた。人々はものをモノとして楽しんだ。洗濯機、冷蔵庫、テレビ、クーラー、自動車・・・。社会の欲望は物に執着し、幸福はそれを手にすることから得られるものとされていたし、自動車やテレビなど自分の手で触れることができるものが、幸せであると感じられたものであった。

■ しかし、昭和50年代に入ってレジャーの質は大きな変化を遂げた。それが昭和48年に起こったオイルショックである。オイルショックにより物価は異常なまでに上昇した。インフレは、企業、家計を痛撃した。モノの拡大、モノによる充実を追及してきた日本は、オイルショックによりモノ不足とインフレを味わうこととなった。GNP向上で「豊かな生活」を目指す価値観は、その土台を揺すぶられ、一種の空しさへと変わっていった。

■ この出来事によって人々の考え方は大きく変わっていったのではないだろうか。人々は本当の豊かさはモノだけにあるのではなく、心の充足があって初めて達成されるものであることに気付いたのである。こういった動きがレジャーをより活発に、多様化させる方向に拍車をかけたのであろう。かつての日本人に強かった、遊ぶことを悪徳とし、勤勉を美徳とする価値観は次第に弱まってきた。人々は程ほどの豊かさの中で、自己の個性に合った生き方を志向するようになったのである。

■ しかし、自分が欲しいモノを手に入れても本当に幸福な気持ちになるのであろうか。この時、人々はモノが与えるのは単なる便利さだけであって、幸福な気持ちにはしてくれないという事実に気付き始める。少しくらい金額が高くても夢や幸せを与えてくれるものが欲しくなってくるのである。こうして、人々はモノでない「たかが遊園地」にお金を惜しまなくなっていったのであろう。

■ ディズニーランドではexperience(経験)という言葉をよく使う。背景には、その体験がビジネスとして成立するという計算もあるが、ゲストに素晴らしい体験をしてもらうことが、運営の基本的な理念である。ディズニーの創設者であるウォルト・ディズニーは感動や興奮と消費の結びつきに注目した。例えば、ディズニーランドで遊んだ人々は、家路につく前に飲食施設やショッピング施設に立ち寄る。それは楽しい体験や経験によって、消費意欲が掻き立てられるからでもある。

■ 企業の側に立てば、商品やサービスに「経験」という価値を組み込むことで付加価値を高めることができる。この「経験」という価値を創造するという点でディズニーランドはどんなものにも勝っている。その概念を「経験経済」と言えるかもしれない。成熟した消費社会では、現実に経験経済を意識した事業展開が増えてきている。感情が高められたり、興奮することによって、消費が促されるとするならば、消費者に「素晴らしい経験」をさせることが21世紀の産業には必要になってくるであろう。そのノウハウがディズニーにはあるのだ。

■ 人々にモノではなく経験を与えてきた東京ディズニーランドは21世紀になり一つまた化けようとしている。そのテーマは「テーマパークからテーマリゾートへ」というものである。「テーマパーク、ホテル、複合的商業施設など多彩なエンターテイメント環境があふれる場所」というのが、東京ディズニーリゾートの中身である。具体的には、すでにある東京ディズニーランドに、2001年秋にオープンする東京ディズニーランドに匹敵する規模の「東京ディズニーシー」と、二つのディズニー公認の大型ホテル、商業施設として「イクスピアリ」がくっつくことになり、その間を、全長5kmのモノレール「ディズニーリゾートライン」が結ぶ。

■ 「夢と魔法の国」を維持するには、魔法を切らさないようにしなくてはならない。人々が何回も通ううちに、魔法が効かなくなる。消費しつくしてしまうと、夢の国がただの遊園地に見えてくるのである。そうさせないためにも、施設に絶えず変化を与え、生気を吹き込まねばならないのである。

■ 今回造ることとなったディズニーリゾートは、日常生活から逃れて海浜や山間部の保養地で過ごす長期滞在の休暇とはまるで異なる。東京テーマリゾートをオリエンタルランド社は「アーバンリゾート(都市型リゾート)」と位置付けている。海浜や山間部でのリゾートとは一線を引いたのである。しかし、この考え方も日本人にしてみたら、非常に適しているのかもしれない。

■ 余暇先進国の欧米に比べ、日本は長期休暇が少ないため、欧米人が好む長期滞在型リゾートよりも、非日常性と物語性のあふれた娯楽空間に身をゆだねる都市近郊のアーバンリゾートの方が実は合うのではないだろうか。そもそもリゾートとは、人間が本来の姿を取り戻すリフレッシュの場であり、心の安らぎやアメニティー(都市計画がめざす居住環境の快適性)といった価値観をも含む包括的な概念である。

■ 欧米では、「リゾート」それ自体が人生の生き甲斐で、生活の目標なのである。日本もいずれはそうなるのかもしれないが、リゾートの形態は人々の多様な価値観によって大きく異なる。アメリカで生まれたテーマパークがテーマリゾートへと変わっていく中で、我々日本人のリゾートに対する意識も変わっていくのかもしれない。
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