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| 「教育と経済」考 §009 法学部優位から理工系人材登用へのシフトが肝要? |
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2006年4月7日 |
| ◆ 週間東洋経済(2006.4.1)におもしろい記事が載っている。橘木俊詔さん(京都大学大学院経済学研究科教授)の「法学部優位をやめて理工系人材の登用を〜入試の弁当代にも表れた法学部優位」というコラムである。
◆ 京都大学がある予備校の校舎を借りて、法経両学部の入学試験を実施したときのエピソード。「監督にかかわった教授連中の昼食用の弁当代に大きな差が生じたのである。弁当を注文したのは事務局であるが、法学部の先生には700円、経済学部の先生には500円の弁当代を支払った」というもの。 ◆ 法学部が特殊な地位にあることを端的に表すケースとして引用したのだろうが、実にうなずけるエピソードだ。このような法学部優位の傾向が形作られた理由は3つ挙げられている。@中央官庁における幹部は圧倒的に法学部出身者。A経済規制の強かった日本は、民間企業すら役所の指示を仰ぐことが多く、そういう企業の経営者は東大法学部出身が多い。B法学部と司法試験が結びつき、イメージがエリート層に結びつく。要するに日本社会は、抑圧組織であるがために、その抑圧組織を保守する人材として法学部出身者が機能してきたということだろう。 ◆ その結果として、国家公務員のT種採用数は、理系が55%、文系が45%なのに、局長や次官に昇進した人材層は10%前後が理系で、90%は文系である。上場企業で社長になっているのは、日本では文系が72%だという。イギリス、ドイツ、フランスでは上場企業の社長の55%前後が理系出身者だそうだ。 ◆ いかに日本社会が抑圧組織でできているかがわかる。そのため学力の点からすると優秀な理工系の人材も、狭い領域で深く追求する仕事に必然的につくようになっており、広くコミュニケーション能力を発揮する機会が与えられないようなシステムになっている。 ◆ 法は専門家のみならず、市民や国民が自分たちで形成する意識とそういう活動を直接できる多くの機会を包含する民主的システムが必要である。専門家=官僚的エリートという意識は、市場の最適化が不完全な社会を形成する。市場の原理を否定しがちな教育は、このような抑圧組織を前提にした日本社会を保守するパラダイムであるということ。 ◆ 「企業や官庁でも学力が高く、学生時代に文系より勉強してきた理工系の人材を大切にせねばならない時代となっている」という橘木さんの言葉には、抑圧組織の解体がなければ、日本社会の明日はないということを示唆しているのだろう。もっとも、そのときには文系、理系という区別も解消されているはずではあるが。 |
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