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教育と経済

「教育と経済」考 §006 二極化を防ぐ教育とは?

2006年3月24日
by 本間勇人(honma@netty.ne.jp)


◆ なんていう本が出版されたのか。究極のわかりやすさを追求しつつも真理もちゃんと入っている書「図解 下流時代を生きる!」(ゴマブックス株式会社 階層社会研究委員会 2006年4月)が世に出た。「希望格差社会」を書いた山田昌弘(東京学芸大学教授)さんや「年収300万時代」の名付け親森永卓郎さんのインタビューも掲載されている。というよりも彼らがかなりアドバイスしているだろう本である。

◆ 国際社会の枠組みや世界経済の変化に伴い、経済格差の拡大、収入格差の拡大、家庭生活の格差の拡大、教育の格差の拡大、希望格差の拡大が、個人の努力では克服できないシステム上の問題によって生まれている。「日本では多くの下流階層が将来への展望・希望どころか、現在の生活さえどうなるか予測が立たず犯罪に走り、ひと握りの上流層は不安の中で生きていかざるをえない――。そんな時代を人は下流時代と呼ぶ」というような問題意識や現実が非常にわかりやすくまとめられている。

◆ 何より格差の拡大、二極化の拡大は、スラムを形成し、犯罪を多くし、やがてはヒトラーのような強いリーダーに国民はすがるようになるという森永さんの見解は傾聴に値する。

◆ また階層化が進むと、人間を以下のような4タイプの集団形成を促すというのもわかりやすい。

  上昇したい 現状維持
仕事に生きる (1) 高い上昇志向で、より高い収入を得る (2) 就職せず、手に職をつけて自由に働く
趣味に生きる (3) 結婚相手の経済力で、高い階層にいる (4) 個人の趣味やボランティアなどを重視

◆ このカテゴリー表は、収入は低いが高い精神性を維持しながら生きていく、あるいは趣味ではなく芸術に生き、人間とは何かを追求していくというようなタイプが排除されるようなシステムが出来上がることを示唆している。

◆ さらに、この下流社会時代に生きる25歳から30歳の団塊ジュニアの男性のタイプを次のようにカテゴライズしている。

  より高いステータスへ 今の生活を維持
仕事を重視
従来型の立身出世系
高所得で出世に意欲を燃やす。ブランドものを着ても着こなしはかなり地味。言動も地味で、あまりおもしろいことを言わない。
やさぐれ系
中から下流に多い。ストレスと不安のため、表情には苦労と焦燥がいつも刻み込まれている。パチンコや競馬などのギャンブルを好む。
趣味を重視
しみじみ系
上、中、下流どの層にいもまんべんなくいる。仕事以上に政治問題や環境問題に興味を持っている。酒場で語ることが多いタイプ。
その日暮らし系
フリーターを含むこのタイプ。さまざまな理由でカテゴリーに所属しないでいる。そのため低収入以外の共通点を見出しにくい。

◆ これは現在の希望格差社会どころか、近い将来、希望が無化する社会システムができあがることを予想するようなカテゴリー表ではないか。

◆ 上流と下流では、上流ほどコミュニケーション能力が高いという指摘も恐ろしい。上流の男性のコミュニケーションの特徴は、性格が明るい、実行力がある、スポーツマンタイプ、人づきあいがよいということらしい。上流の女性の場合は、やや男性的な性格、リーダー的な性格をもっているということらしい。それに対し下流の男性は、性格が暗い、優柔不断、依存心が強い、ひとりでいることに幸せを感じるというような特徴があるという。

◆ こんなことを平気で書くのはどうかしていると思っていたら、東京大学の社会学の先生本田由紀さんや「下流社会」というベストセラーを書いた三浦展さんの調査したものを根拠としているという。やはりこんな人間のタイプ分けの仕方になる社会はファシズムに近いのではないかと急に不安になる。

◆ それに「フリーター増加が企業モラルの低下を招く」という分析は、わかりやすいにもほどがある。まったくもってサプライズだ。このような分析の背景には、終身雇用の中で「自分は社会の中で、役に立っており、必要とされている」というアイデンティティを持てたが、終身雇用システム解体がアイデンティティを崩壊したという認識があるのだ。アイデンティティというのは終身雇用の社会でこそ形成されたなどという見識はどこからやってくるのだろうか。「増え続けるフリーターには、収入面だけではなく、アイデンティティに対する保障もない。このことは、企業モラルの低下を引き起こす一因にもなっている」という表現は、まさにもうすぐ社会はファシスト化するというレトリックだと理解する以外にどう理解すればよいというのだろうか。

◆ 「公営教育はさらに荒廃する。上流は私立校、下流は公立校」という超絶わかりやすい意匠はなんなのだろう。しかし当たらずといえども遠からずである。一握りの公立学校は私立学校に対抗できるが、そうでない公立学校は、これらの私立公立学校とどんどん差をあけられる。教育の二極化は、希望格差を生み、希望格差は収入格差を生み、収入格差はついにアイデンティティをも奪い、希望無化の社会システムへと結びつくということがあまりにもわかりやすくまとめられている本ではある。

◆ しかし、そのようになってよいはずがない。この悪循環を断ち切り、社会システムの再生することはいかにして可能か。やはり教育に期待するしかない。知識の格差、情報の格差を無くすには、知識や情報を横断化する、脱境界化する総合的な見識が必要になる。総合的で複眼的な思考力や創造力が必要になるのだ。ということは「総合的学習」の削減を叫ぶことは二極化を促進することにつながるということに気づかねばならない。



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