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| 「教育と経済」考 §002 外生的成長と内生的成長 |
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2006年1月12日 |
| ◆ 「外生的成長」「内生的成長」という言葉を使ったからといって、本稿「教育と経済」を考えていくとき、近代経済学をベースにしていこうなどということは全く考えていない。SolowモデルやLucasモデルなど基本的に活用しない。参考にはするかもしれないが、基本的枠組みとしては採用しない。ただ、これらのモデルは関数で表現されているため、当然似通った考え方を活用しているように見えるかもしれない。だから、全く経済学的には間違っているとしても、その枠組みを通して批判されても回答しようがないので、あくまで筆者の視角で切り取った「教育と経済」の現象考に過ぎないと理解していただくことを改めてご了承いただきたい。
◆ さて、基本的に定義というものをはっきりさせて語っていくことをしない筆者だが、やはり定義はしないで進もう。読者がそれぞれ自分のイメージで膨らませていくということが望ましいという読書論者なので、そうさせていただきたい。つまりベルカーブ的なそこそこ平均的な正当性のある読解リテラシーなど、21世紀の日本の教育ではどうでもよいと考えているのである。 ◆ 「はじめに」で教育の経済効果カテゴリーを描いてみた。カテゴリーというからには定義があるのだろうと思われるかもしれないが、スケッチに過ぎず、本稿を書いていくうちに可変可能性大である。ただ、これに沿って現象をなぞっていってみよう。どこかでカテゴリーがうまく活用できない場面がでてくるだろう。要するに試行錯誤というわけである。 ◆ 昨日「朝日新聞」(2006年1月11日)に、学校の授業の外注が広がっているという記事が掲載(参照→ホンマのブログ「教育のヒント」:外注授業広がる)されていた。これはまさにわかりやすい教育による市場経済の外生的(exogenous)成長である。しかしこの外生的成長の政策は根本的に間違っている。それは偏差値というベルカーブ型分布を前提にする学力育成を目指しているからだ。 ◆ これだと新古典派的成長理論の生産関数ではないが、いくら教育投資をしても経済生産性は上がらない。もはや戦後の急激な右肩上がりの経済成長カーブは、均衡へと収束し、それ以上は上がらないようになっているのが現状である。この状態で従来のベルカーブ型能力にいくら投資しても横ばいで進むだけである。 ◆ しかもグローバリゼーションの中でBRICs追い上げが激しい。この4つの国は人的資本を蓄積する方法論は、つまり教育方法は日本と変わらない。しかし、資源と労働力という量的パワーで、日本を圧倒する勢い。実際に産経新聞(2006年1月12日9によると「2005年の中国の貿易黒字は千十八億八千万ドル(約十一兆六千六百五十億円)に達し、初めて1000億ドルを突破した。中国税関総署が11日発表した。04年実績(約320億ドル)の3倍以上で、日本、ドイツを抜き世界最大の貿易黒字国に躍り出ることがほぼ確実となった」という。こうなってくると同じ教育方法や考え方に対しいくら投資をしても、日本の経済成長は均衡どころか、減少に転じていくだろう。 ◆ 資源も労働人口も圧倒的に少ない日本のGDPを上げていくには、国単位のGDPはともかく一人当たりのGDPをあげるには、 教育経済効果=f(教育)×g(資本主義)×h(市場)の式(「はじめに」参照) でいけば、 ◆ f(教育)とh(市場)を改革せざるを得ない。h(市場)の方はとにかく限りなく情報がオープンになっていくことだろう。不完全情報市場では、一部の市場参加者というか市場調整者には収益を上げるのに都合がよいが、市場全体としては広がらないからだ。 ◆ f(教育)の方は、従来のベルカーブ型能力を育成する教育方法論に代わる、株価のように急激に上昇する(下がりもする)べき数型才能を導く創造的才能教育を私立学校だけではなく公立学校にも広げるべきである。 ◆ そのためには計算については、小学校6年生までに指数と対数、微分と積分の計算までできるようになることが大切だ。間地秀三氏の「小・中・高の計算がまるごとできる」(ベレ出版2005年12月15日)のような本が一冊完璧に理解できる程度で十分なのである。しかも小学校から高校まで計算を一望すると、そこに論理的な感覚が、つまり関数関係が理解できる創造的才能の大前提が蓄積される。 ◆ ベキ数型才能とは、アインシュタインとかホーキング的な才能である。ベルカーブ型は、能力にランキングが付きまとうが、ベキ数型能力は、ランキングをいつも突然超越する力である。 ◆ 「教育経済効果=f(教育)×g(資本主義)×h(市場)」のf(教育)の方程式の「教育」の部分を改革することによって、収穫逓減から収穫逓増というカーブを再び描くことになるのである。このような経済成長を内生的(endogenous)成長とひとまずは呼ぼう。この内生的成長理論は、均衡とか収束とかいう新古典派成長理論とは全く別のパラダイムの考え方なのである。エントロピー増大を解消しながら、成長しつづける考え方なのである。 |
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