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| 「教育と経済」考 ― はじめに |
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2006年1月5日 |
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◆ 貧困の格差、二極化は国際的規模でも、地域的規模でも現れている。国際的規模の例で言えば、世界銀行の教育援助額は増加しているし、地域的規模で言えば、東京や大阪などの大都市における教育支援率も上がっている。もっとも日本の大都市における支援率の増加は、必ずしも直接的な経済理由だけではない。離婚の増加などの間接的な経済的な破綻などの理由も横たわり複合的だ。
◆ いずれにしてもこのような経済格差は、国際的な範囲では戦争や病を生み出しているし、地域規模では家庭の崩壊、学校の崩壊、個人の心身両面の崩壊をもたらしている。経済の公平性を持続可能にすることは、これらを生み出さない重要な政策であり個々人の言動の核心でもある。 ◆ 経済の公平性は、かつてはある一定の財を国家や政府が計画的に配分すればよいと考えられた時代もあったが、それは冷戦の終焉と共に、うまくいかないことが証明された。もっともすでに13世紀都市国家においてそれがうまくいかないことは、市場経済が中世の時代にすでに発展する種があったことからも明らかだったはずなのだが、人はそんな昔の話は知る由もない。 ◆ さて、ではどのように経済の公平性を造りだすのか。それは誰かが所有している財を配分するやり方ではなく、すべての人が財を創り出す機会を自ら獲得するやり方によってである。かつて東大生は、卒業後官僚や有資格業界など、財の配分社会か、大企業という相対的な財の配分社会に進路を求めたが、今では正月もなくひたすら財を生み出す起業の道に進む人材も出てきたと言う(朝日新聞2006年1月4日)。これは財を生み出し、自ら配分するというシステムで、かつてのように配分する側と配分される側のようなセパレートは通用しないシステムである。複雑系、フラクタル、ケイオスといったスケールフリーなネットワーク型である。配分する側と配分される側が表裏一体なのである。 ◆ このような財を自ら生み出す自己組織化的な経済システムをどのように生み出していけばよいのか。それは教育によるしかない。知の再生産ではなく脱構築をする新しい教育システムを考案する以外に打つ手はない。 ◆ 教育が経済成長や発展に影響があることはすでに多くの学者が実証研究をしている。経済成長が教育の活性化を促進するという逆作用も同様に実証されている。しかし、その一方で経済格差のような弊害が生まれていることも確かだし、教育における学力格差やキャリアに対する希望格差が問題になっていることも確かである。 ◆ それらの問題は経済成長が停滞してきたから生まれてきたのではない。現状認識としては経済を停滞させているのは、学力低下に責任転嫁されているようだが、経済成長で意味する「経済」そのものの構造、そしてそれを支える「教育」のあり方そのものに矛盾が内包されているのである。 ◆ 教育の経済効果を考えるとき、多くは人的資本論的な考え方をするが、人的資本を金に換算して考えるだけで終わっている。教育は投資なのか消費なのかというセパレート発想で終わっている。 ◆ どのような教育がどのような経済を成長させるのか。そういう議論が全く無いのが、従来の教育経済学である。それはなぜそうなるのか。答えはまったく簡単である。産業資本主義という経済システムしか前提にしていないからである。ものづくり国家日本のみを大前提にしてきたわけだ。しかしそれは戦後から1970年代で1つの到達点に達し、その後金融資本主義、恋愛資本主義、ファンド資本主義なるものが生まれてきている。それらに対応する(促進する、ブレーキをかけるという両側面を含む)教育のあり方は考えられてきていない。いや外生的な制度上の対応は考案されてきたが、内生的な部分は戦後何ら変わっていない。 ◆ 冷戦終焉以前の資本主義は確かに産業資本主義だった。しかし終焉以降はその資本主義はさまざまな形態をとっている。その分析ができていない。共産主義や社会主義の衰退によって、もはや「資本主義は資本主義である」でいけるかのような錯覚に陥っているのが、教育経済学の分野の課題なのではないだろうか。まして資本主義と市場の原理は全く別のものである。そのことも考える必要があるが、たいていは資本主義=市場主義だと勘違いしているケースが、教育経済学では多いのではないだろうか ◆ しかし幸いなことに、国際的な動きは、教育経済効果=f(教育)×g(資本主義)×h(市場)という関数関係を考えていく時流が動き始めている。OECDやWorld Bank、UNESCO、国連などの動きを見ていくとそのことが見えてくる。この動きをまとめると以下のような「教育の経済効果カテゴリー」のようになる。現段階ではまだ仮説で、今後考察していく中で、変わっていくかもしれないが、2006年は、さしあたって、この図をチャートに「『教育と経済』考」を探っていきたい。
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