| ◆ 1999年からNTS教育研究所サイトで少しずつ書き出した「ホンマノオト」もその役割を十分果たしたと思うゆえ、そろそろこの場から退場しようと思う。初めのころのエッセイには「21世紀の教育の原点は、近代をどう乗り越えるかではなく、近代のモチベーションの根本のところに立ち返り、近代がそこで見失ってきたものをとり返すところから始まるのではないだろうか。そう言う意味では、21世紀の教育は、近代の根源的な動機を発掘し直し、紆余曲折して寄り道してきた近代の道行きの貫徹を促進する学習環境を模索する以外に道はないのである。」と書いたが、今では多くの若い社会学者が20世紀は「近代の裏切り」の過程であるという考え方を表明し、ポストモダンや別の道を探し始めている。私が論じる必要もなくなった。
◆ 「紆余曲折して寄り道してきた近代の道行きの貫徹を促進する学習環境を模索する以外に道はない」とも書いているが、この点に関しても私の仲間たちがHonda「発見・体験学習」をはじめ様々なプログラムデザインに挑戦し始めて久しい。その実績も積み重なってきた。今後仲間たちはOECD/PISAや北欧やBRICsの国々のプログレッシブなプログラムとの交流も模索し始め、官僚近代(近代の裏切りの典型)化路線でもポストモダン路線でもない、もう1つの近代化路線の学習環境を模索する道を拡大していくだろう。
◆ ホンマノオトのトップページには、このサイトのミッションを載せた。それには「21世紀の日本における『教育、教育、そして教育』というダイナミックな動きは、2006年にはっきりした形で見えてくるでしょう。コミュニケーションのスタイルがまず大きくかわります。コラボレーションの力が相当重要になってきます。E-learningや教育のアウトソーシングも普及し始めるでしょう。このように教育が変われば、市民の意識も影響を受けます。市民の力が充実すれば、都市は再生し、国も世界も変わります。ホンマノオトでは、この歴史の変化の一端をサポートできる視点を模索していきます。」と書いた。
◆ 2006年に入り、文部科学省も教科横断的な言語能力の重要性を明確に認識した。そういう意味では「コミュニケーションのスタイルがまず大きくかわ」るというのは間違いなかった。英語によるコミュニケーションも相当進んでいる。外資系企業のセミナーや大学のセミナーに参加すれば、もはやそこでは英語が主流である。私の仲間たちも英語で仕事をするチャンスが多くなった。「E-learningや教育のアウトソーシングも普及し始め」たようだ。総合学習だけではなく、学校の受験指導に予備校の講師が登場してきたし、先生方も学校以外の場でOJTや研修を受けるようになった。今やブロードバンドの普及率は世界でも高くなり、E-learningも当たり前になってきた。
◆ 「教育が変われば、市民の意識も影響を受けます。市民の力が充実すれば、都市は再生し、国も世界も変わります。」という点は、日本における20世紀的反動が目立ち、まだまだのように見えるが、世界の呼吸は一挙に変化している。日本でもそのような歴史的変化はあっという間に起こるだろう。ただしそれは必ずしもバラ色ではない。
◆ したがって「この歴史の変化の一端をサポートできる視点を模索」するという役割はここで終わりにし、バラ色ではない未来を少しでも軌道修正できるような具体的な環境を探したり、創造したり、軌道修正の智恵を広報したりする道具作りにシフトしたい。
◆ その道具の1つとして「ブログ」を活用したいと思う。インターネットのリソースを相互に徹底活用した道具作りを模索したい。そして自らもリソースとして情報を提供していきたいと思う。教育や経済のトレンドを、ネット内ステイクホルダーと共に追跡しながら、そのトレンドの行き詰まりを見つけようと思う。その行き詰まりからパラダイムの転換点を見出すことが出来るはずだからだ。「ブログ」リソースは、玉石混交であると言われているが、それは参加する側のバイアスがそう判断させているだけだ。
◆ それぞれの社の編集方針に基づいた情報にばかり慣れているからそう感じるのだ。すべての情報が意味を有する。「ブログ」リテラシーが今後はポイントになる。そこでは個人と公の境界線が流動的な世界を読み取ることになるからだ。ベルリンの壁の崩壊は、個人と社会の境界線を流動化する現象である。社会が権力を棄ててどこまで社会として持続可能なのか。個人は個人主義をどこまで棄てて自己として成り立つことが可能なのか。もはや社会化も個性化も満足のいく生き方ではないというのがサイバースペースで起きていることなのだ。
◆ この解答は未だ出ていない。出ていないままサイバースペースのこの社会化でも個性化でもない現象がリアルな場に噴出している。社会化も棄て個性化も棄てる「私」はどういう存在なのか。「私は私以上でも以下でもない」という存在の多様性が無化している現象が今なのである。だから「私」は「私」の中に居場所を設定できない。「私は私だ」という「私」たちが寄り添うことでしか存在できなくなっている。しかし、「私は私」という集団は、個々には差異も共通点も見出せない。存在の意味による絆ではなく、意味が無化された表現をし続けることだけが、ただひたすらナンセンスを繰り返す楽しさだけが「私は私」という「私」たちの生きる力なのである。
◆ これが学力低下の本当の問題であり、この解決を模索するプログラムが総合的な学習の発想だったはずである。金融教育はどちらの側に立つのだろう。「私は私」という現象を阻止するのか、促進するのか。現状では後者である。少し遡れば、西田哲学の断絶、ハイデガーのナチ入党問題、アウシュビッツ、ヒロシマ、バウハウスの崩壊、2つの世界大戦それ自体が押し進めるものが「私は私」という世界観だったのである。つまり近代の裏切り。
◆ 憲法9条問題は、オイルトライアングルにどう対峙するかというトリガーである。「私は私」という世界観をどのように決着づけるのか。もちろんオイルトライアングルは世界の痛みの問題である。すべてのトレンド問題は、「私は私」というパラダイムの進行を促す共通の水脈に通じている。9条問題は世界に通じる問題でもあるのだ。
◆ この流れを変える新しいというか近代の理想のパラダイムの出来(しゅったい)は、結局は1人ひとりと話すことでしか実現できない。英語とブログ。おそらくこれがそのことを可能にする。北欧の学習の原点がプラトンやヘーゲルにあるように、すべては「ダイアローグ」なのである。対話ができるリテラシー、ディスカッションのリテラシー、これらがポイント。当たり前のようで全く当たり前ではない。
◆ 現状では、たとえば首相と直接話し合う機会など一般市民にはない。表敬訪問とか陳情とかはあるかもしれない。しかし、世界問題について語り合うチャンスは制度上あり得ないのである。つまり「ダイアローグ」は阻害されているのである。哲学は難しいとか、抽象的だとか、能書きだとかいう行為は、「ダイアローグ」の阻害に荷担しているのだ。抑圧社会の形成に一役買っていることになる。
◆ 聖徳太子の「大事は独り断ずべからず。衆とともに宜しく。」という言葉、福沢諭吉が「文明論の概略」を「議論の本位を定る事」から始めている意図、J.S.ミルの「どんなに良いアイデアも、議論なくしては独我論である」という思想などは、「ダイアローグ」がよき社会を形成する根本であることを示唆している。
◆ いつの世も「対話」は重要である。しかしそれを支えるメディアやツールは変化している。メディアやツールが変化すれば「対話」のシステムも変わる。この移行点が、新しいパラダイム、つまり「私は私」であるから流れが変わる転換点である。現状は、メディアやツールは変わっても「対話」システムは変わってはいない。
◆ 近代の終わりとは近代の完成ではなく、「私は私」という近代の裏切りの行き詰まりを示唆する。抑圧社会の解体という近代の理想、もう1つの近代は20世紀という寄り道をしながら再びスターと地点に立った。しかし今度は「対話」システムそのものが新しくなる。新しい「対話」システムとはいかにして可能か。New Honma Noteの模索はそこへ収斂していきたいと思っている。
|