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◆ モーツアルトがウィーンで没したころ、世にデビューする若き音楽家ベートーヴェンがいた。ハイドンに師事していたというから、ハイドンと親しかったモーツアルトの影響も同時に受けていたのだろうし、世の中的にはそういうことになっている。
◆ どんな影響があるのだろう。ふとそう思って、初期の作品にそれは色濃くあるだろうと、――まったく素人的発想で――ベートーヴェンの交響曲第1番を聞いてみた。ベートーヴェンと言えば、第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」、第9番「合唱」なのだろうが、モーツアルトを求めて、あえて第1番をと思った。
◆ それが間違いであったことは、CDをかけた瞬間了解した。いきなりベートーヴェンだったのである。パーフェクトにそうなのだ。第1番は、いやいや第1番の第1楽章の中に、すでに第9までのインスピレーションが放たれているのだ。
◆ それにしても出だしのアダージョのあの空間感。ある新しい時空が開けていく瞬間。それはやはり結界の向こう側が開く感じなのだ。そして徐々にアップテンポになっていく。この型はモーツアルトと同じなのだ。能で言えば、序破急の型だ。
◆ モーツアルトの魔笛の序曲や交響曲38番、39番はこの序破急の型だ。しかしただ1つ40番は違うのだ。40番があまりにも有名なので、逆に気づかなかったが、ベートーヴェンの一番が40番の価値を急に逆照射しはじめた。とにかく出だしがいきなり光速なのである。テンポという速度をいくら上げても、光速にならないその限界を40番は超えている。能が序破急といっても、テンポを極限までアップしていくというより静に光速を込めるように、40番はテーマの中に光速を織り込んでいる。
◆ 創造的な瞬間とはそこに時空が広がるということなのだ。何を1人でとぼけたことをいっているのかと言われそうであるが、これも学びのリテラシーの1つかもしれない。そして旅はまさに日常の場所から未知の時空にシフトしていくことである。
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