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養老孟司「無思想の発見」〜海外留学座右の銘 2005/12/22
  【本間 勇人】

◆ 養老孟司さんの「無思想の発見」(ちくま新書2005年12月)は痛快まるかじりの本。おもしろい。日本の文化を無思想の文化と位置付ける新発見だ。養老孟司さん自身は有思想のグループだから、大半の日本人が与している世間に「哲学的ですな」、「能書きはともかく実践ですよ」といつも一笑に付されてきたに違いない。

◆ 世間に対し違和感を抱いてきたことだろう。しかし養老孟司さんに違和感を与えるほど世間のパワーの源泉である「無宗教」とか「無思想」はたんなるバカではあるまい。一神教の欧米諸国が、日本の文化の一側面「世間の無思想」に戸惑いを感じたり、ストレスを感じたりする一方で、日本の文化のシンプルで奥深い「道」の世界に惹かれるのはどういうことだろう。

◆ 養老孟司さんは、ハタと思いついた。この無思想はゼロということだ。意識がないということだ。有思想は意識の領域。無思想は夢の領域。両方とも脳の機能にすぎないではないか。自分とかコンセプトとか社会のアイデンティティとか思想は強烈なストレスをかかえる。時には戦争も引き起こす。このストレスはエントロピー増大をまねく熱力学なんだ。増大しては滅んでしまう。そこでいったんリセットしなければならない。脳の場合だと、夜寝ている間に夢の世界で脳内機能は整理され、再び機能しだすのが起きるということだ。

◆ つまり日本の文化である「無思想の思想」に欧米諸国の人々が魅力を感じるのは、自分たちの思想に疲れているからだろう。日本の文化は疲れた心の種を「水に流して」くれるのだということにつながる。さすがは唯脳論を生み出した養老孟司さん。海外の旅や海外留学のとき、文化論的な話題がでたら、この日本の文化「無思想の思想」の世界における有効性を論じたら、さぞ注目されるだろう。ほとんどが有思想の人々なのだから。

◆ それにしても思想ではない無思想の泉「世間」は、「無思想の思想」も飲み込んでしまう。「能書きはいらない。現場ですよ」「哲学は役に立ちませんな」。だから「評価機関」なんてものは日本にはなじまない。無思想の両側面「世間vs.道」、「無思想の無思想」東京vs.「無思想の有思想」京都などの対比も海外では役に立つかも。