EUの生い立ち
EU(欧州連合:European Union)は、欧州25カ国(現加盟国数)のさまざまな分野において超国家領域を有する国家連合体です。1993年11月1日の「欧州連合を設立する条約」(マーストリヒト条約)の発効によって誕生し、その他の加盟国間で締結された基本条約に基づき形成されています。
EUとは、EC(欧州共同体:European Communities)が母体となっており、経済分野の統合(「第一の柱」と呼ばれる分野)から進められていきました。ECは、第二次大戦による国土の荒廃と、アメリカ・ソ連の二超大国による世界の分断が進む中で、欧州の戦勝国と敗戦国の間に平和的な関係をもたらし、欧州が一致団結することで再興をはかろうとする動きの活発化により誕生しました。
1950年、仏政府はジャン・モネ(「欧州統合の父」と呼ばれている)の起草による「シューマン・プラン」を発表します。これは、独仏間の対立に終止符を打つために、両国の石炭・鉄鋼産業を超国家機関のもとにおき、他の欧州諸国(イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)と共同で運営するECSC(欧州石炭鉄鋼共同体/52年)の設立を提案したものです。
1958年には、米・ソに対抗できる経済圏の確立をめざし、さらに領域を広げたEEC(欧州経済共同体/92年、経済共同体:EUに改称)が発足されました。同年、原子力の平和的利用に関するEURATOM(欧州原子力共同体)も創設されます。その後1967年に、これら三共同体の主要機関を統一して、ECが誕生しました。
ECの成功からその後のEU設立までの過程には、1970年代の経済危機による「ECの停滞の時代」を経て、統合の遅れに対する危機感から、1985年ドロール委員長のイニシアティヴにより1993までに域内市場統合の完成を目指す「域内統合市場白書」が採択された。
その間、1990年にミッテラン仏大統領とコール独首相が、EMU(経済通貨同盟)を形成し、「経済と通貨は相互に欠くことができない二つの部分を構成する」と指摘し、単一通貨の導入を提案しました。1992年末には、EC域内における人、モノ、サービス、資本の自由な移動を実現する市場統合が進められ、単一市場が完成。1999年には統一通貨「ユーロ」が導入されます。
EUの経済以外の分野では、1990年代に入ると外交・安全保障政策(「第二の柱」と呼ばれる分野)では各国政府間の協力が強化されるようになり、司法・内務分野(「第三の柱」と呼ばれる分野)においても各種協議・協力を推進していきました。
そして、1992年2月にEMUを中心とした経済統合と、加盟国間の協力を目的とした「共通外交・安全保障政策」の確立を目指す政治統合、「司法・内務分野における政府間協力」の三本柱からなるEUの創設を合意したマーストリヒト条約の調印に至ったのです。こうして、欧州連合(EU)が誕生しました。
【参考資料・参考サイト】
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