NTS教育研究所NTS教育研究所
ホーム編集者コラム>自由学園に見た真の自治の在り方(第二部)

NTS教育研究所スタッフによる【学び】をキーワードにしたコラム




自由学園に見た真の自治の在り方(第二部)

◆ 先日、自由学園にお招きいただいた。ここ数年の中でもとても実り多き学校訪問の時間だった。自由学園で見たこと、そして私なりに感じたことを第一部に引き続き、書かせていただく。

◆ 男子部の生徒の皆さんと食卓についた。生徒達が当番制で全生徒240人分の食事をつくるが、今日は保護者の方が食事をつくる日とのこと。女性の方よりも男性の方が多いことにひそかに驚いた。献立とともに、食卓に上った大根は女子部の生徒が育てたものだと保護者の方が伝えた。すると、合図があるわけでもなく「ありがとうございます」という生徒達の声が聞こえてくる。ふと気がつくと、私の茶碗にご飯をよそり、そっと差し出してくれた。男子高校生にご飯をよそってもらう機会など、今まであるわけもなく、何とも言えずうれしい気持ちになった。

◆ 昼食時には様々なアナウンスが入る。アナウンスとともに、一人ひとりの生徒が自分達の意見や考えを述べる。この意見は有り体な言葉を並べたものではない。各々がしっかりと考え述べていることが、その言葉や話し振りから伝わってくる。朝寝坊をし、掃除当番に遅れた生徒数名が全員の前で謝罪する。何回か繰り返していたらしい生徒が、これからどうすればいいのかを述べていた。

◆ 聞いている生徒の反応はそれをからかうでも、揶揄するでもない。じっと耳を傾けている。自分の行動が周りの人たちにどのような影響を及ぼすのか。責任とはなんなのか。自由学園で過ごす6年間の中でこれらのことを学びながら生徒達は成長していく。この過程を先輩達も生徒も先生方も皆、よく理解しているから、じっと耳を傾けている。自分の考えを述べること。その考えを受け止めるということ。それは先輩から後輩へと受け継がれてきた姿勢であり、自由学園の教育が垣間見えてくる瞬間でもある。

◆ 1年生が掃除のチェック報告をする。1年生にも関わらず、上位の学年でも掃除が行き届いていなければ、しっかりと指摘しなくてはならない。やや震える緊張した声で報告していた。先輩達は彼を勇気付けるかのように、「わかりました」と応えていた。報告の途中で「あいつ大丈夫かな」と心配げにささやく声が隣から聞こえてきた。おそらく先輩にあたる生徒だろう。その表情も声音も実に優しげだ。

◆ 新たに委員長となった生徒が前任者からこの大役を引き継ぐ思いとともに全学年に語りかけた。消えつつある自治の炎をもう一度それぞれの中で絶やさぬように灯して欲しいと。自由学園の自治とはいったいどういう意味なのかを見つめ直してほしいと。昼食の場にいる誰もがじっとその言葉に耳を傾けていた。

◆ 自分の責任を果たすとはどういうことなのか。
  自分で考え、発見するとはどういうことなのか。
  組織を動かすとはどういうことなのか。
  生きる糧となる食材を育て、さばき、調理し、ふるまい、自分も摂取するとはどういうことなのか。
  互いを助け合い、支えあうとはどういうことか。
  日々の営みを送るとはどういうことなのか。

◆ 明確に言葉にはできない「知」がある。この暗黙知は、日々の対話をとおして経験知や体験知となり、形式知へと変化していくように思う。この繰り返しの中で、子どもたちは様々な力を身につけていくのではないだろうか。豊かな暗黙知を伝える環境が自由学園にはある。

◆ 久し振りに私学の教育力を目の当たりにし、帰り道に色々な事が頭を駆け巡った。私学の教育理念とは一体なんなのか。人を育てるとはどういうことなのか。私学の教育の質は果たして今も保たれているのだろうか。この原稿を書いている間にも色々なことを考えた。様々なランキングや情報に左右されることなく、自分の目で見て、しっかりと私学の教育力を見つめなおさなくてはいけないと強く感じた。

◆ 更科先生をはじめ、この教育を実践されている自由学園の先生方に心より感謝申し上げます。そして何より、豊かな一時を過ごさせていただいた男子部の生徒の皆様、ありがとうございました。




石井 麻美
2010年12月6日更新

このページのトップへ▲
ホーム編集者コラム