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| NTS教育研究所スタッフによる【学び】をキーワードにしたコラム |
| 「東京マラソン」にみた「表現」の楽しさ |
| ◆ 2月18日に行われた「東京マラソン」。実は、日比谷の帝国ホテル前20キロ地点で1.5時間ほど応援をするという経験をさせていただいた。知人を探しての応援だったが、それよりもあの悪天候のなか、ニコニコと走り過ぎていくランナーやその個性溢れる衣装、給水所のボランティアの方々の熱気とやさしさ、沿道の声援がなんだか面白くてたまらなかった。 ◆ 「3万人を超えるランナー」ときちんと認識したのは数日前のこと。周囲には3,000人じゃないの??などと言っている人もいたくらいで、主催者には申し訳ないが、初開催ということもあり、案外、ランナーや関係者以外はそれほど実感のない催しだったのかもしれない。 ◆ しかし、当日、地下鉄に乗ったあたりからいつもの休日と雰囲気が違うことを感じた。寒いせいもあって、皆すごい重装備というか、厚手のコートを来て停車駅を一駅一駅確認しながらそわそわしている。コース案内のマップを広げ出したりと、まさに、応援団ご一行列車という風情だ。 ◆ 銀座から日比谷へと向う沿道には、既に多くのギャラリーがひしめいていた。この雨の中・・と自分たちのことを忘れて思う。やっと隙間を見つけ、応援を開始した。30分くらいの応援で目標の人物に会える予定だったが、4人で目をこらしてもどうにも見つからない。やはり、目立つ格好をしないと無理なのかも・・という話になった。 ◆ もしくは、ココとこと細かな応援ポイントを決めておかないときびしいように思われた。10キロまでが3万人、それより先は5,000人減るといっても尋常な数ではない。1.5時間応援しても、ランナーは切れ目なくはるか向こうから数珠繋ぎでどんどんと迫ってくる。最初のランナーから最後のランナーまで応援するとしたら、いったいどれくらいの時間を要したのだろうか?? ◆ 気が遠くなりながら、それでも楽しそうなランナーたちにこちらが励まされるような格好になった。東京タワーや桃太郎、バニーガールにメイド、動物の着ぐるみまで、工夫を凝らした衣装に皆くぎ付けだ。まさに市民ランナーの「お祭り」なことが伝わってきて嬉しくなった。給水ポイントの前で帽子を取って会釈をしたり、「みんな、ありがとう!!」と手を振りながら走っていくランナーには頭が下がった。 ◆ これまで「箱根駅伝」の応援というか観戦は数回したことがあるが、「市民マラソン」を間近で見たのは初めてだった。もちろん、すべてのランナーが「完走」だけでなく、「自己ベスト更新」を目指していたに違いない。それでも、都庁をスタートして皇居、東京タワー、浅草雷門、東京ビックサイトと東京の名所を楽しみながら走れることを喜んでいる姿の方が印象に残った。 ◆ いまさらだが、今回の応募規定を見ると、マラソンは無理だが、10キロまでなら満16歳を過ぎた高校生も参加ができたようだ。学校名入りのウェアでも着ていないとわからないかもしれないが、10キロ地点より前で応援をしたら、高校生ならではの走りの応援もできたかもしれないと思うとちょっぴり残念な気がした。マラソンの方では、同じコスチュームをまといながらひとかたまりになって手を振りながら走っている一団をいくつも見かけた。高校生でもそんな一団がいたのかなあと気になるところだ。 ◆ ランナーだけでなく、ボランティアの方々も、精一杯の応援でそれぞれの想いを表現していた。沿道からはみ出して応援している人への声かけや、どうして注意をしないんだと怒りだした観客への対応など、困りながらも温かな対応をしているのが印象的だった。 ◆ 応援の方々もオリジナルの横断幕や旗を用意して、地下鉄を乗り継いでは次の応援ポイントへとランナーさながら走っていく。 ◆ こうしてみると、私が感じた「東京マラソン」は、皆が意欲的に動いていた、手作り感&楽しさいっぱいの「表現」のかたまりだったように思う。「学ぶ目的を持つ」ことにつながる「学び」や「喜び」について前回まで記してきたが、「表現を楽しむ」ことや「意欲」というのもこの「学び」や「喜び」のなかで大切な位置を占めるのではないだろうか。 ◆ だからといって、東京マラソンをいっしょに走ろうとか、ボランティア参加や応援をしようとか、面白おかしくパフォーマンスをしながら走ってほしいということではないが、一つの表現の場をそれぞれが楽しむことのできるイベントとして、来年以降も注目してみたいと思っている。 |
山本 真美
2007年2月26日更新 |
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