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NTS教育研究所スタッフによる【学び】をキーワードにしたコラム

学校の色彩・「自由」の周辺で ― 麻布中学校・高等学校 (1) ―


◆ 人は自分の生より他に生きることはできない。それ故、彼が人生の主人公である限り、思い出や後悔というものはあっても、たら・ればという仮定はない。それ故、人生は必然である。意識的にせよ無意識であるにせよ、彼はそれを選び、或いは他のものを選びえず、駆られるように、導かれるように、二つとない一筋の道を歩みつつ歩いていく。
 
◆ 中学・高校はそのような通過点の一つである。ひかれあうように入ったたった一つの学校で、生徒たちは自分の向かう方をより明らかにし、またその学校に彩られていく。ならば、それぞれ豊かな個人でありながら、生徒や卒業生を通して、その学校の色彩を透かしてみることができるだろう。
 
◆ 「電車に乗っていても麻布生は見たらわかります」と在校生はいい、「麻布の匂いがする」と卒業生はいう。麻布学園の学生は、自らの色に意識的な生徒たちの一人である。では、彼らの彩りは、何によって色塗られてきたのであろうか。そういう彼らに、中高生時代の思い出―「麻布」の思い出―を聞いてみた。

◆ 何か共通の思い出があることを期待していた。しかし、返ってきた答えはまちまちだった。学校をサボって遊んだことや、学外のイベントに参加したこと、12時間の睡眠と12時間の部活の練習を繰り返したこと、海外研修で1週間カナダに行ったこと、生涯の友と出会えたこと。口ではいえないという声も多く、ありすぎて選べないという人もあった。そして「麻布」の思い出を聞いたのにも関わらず、返ってきた答えは学校内のイベントよりも学校外の出来事がとても多い印象があった。そのことについて聞いてみると、一応文化祭になるのかなあ、という答えが返ってきた。麻布といえば文化祭という印象―例年2万人近くが訪れる―があり、また自負心もあり、生徒も大変に力を入れているようだが、必ずしも一番印象深いものでもないようだ。

◆ それでは、彼らが大切にする麻布とは何によって彩られているのであろうか。

                                

古阪 馨
2006年10月25日更新

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