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小学校5年以上の英語必修化必要ナシ宣言の意味


◆ 毎日新聞によると「次期学習指導要領に盛り込まれる見通しの小学校5年生以上の英語必修化について、伊吹文明文部科学相は27日、『必須化する必要は全くない。まず美しい日本語が書けないのに、外国の言葉をやってもダメ』と必修化に慎重な考えを示した」という。

◆ この発言は、安倍政権の危うさを示唆している。安倍新内閣発足後の最初の取引となった27日の東京市場では、ひとまずご祝儀で、日経平均株価は大幅高となった。しかし、前日のNY株の最高値に迫る株式市場の大好調の影響を受けたもののようで、実際には世界の市場は、このところ報道されていた米景気失速懸念の後退のニュースの方が重要で、安倍新政権に対する評価は冷ややかだったということらしい。

◆ それもそのはずだ。安倍晋三首相の所信表明演説骨子からは、マーケットの力による、経済成長政策は前面に出てきていない。小泉内閣を引き継ぎ、官僚主導ではなく政府主導の政策実行をやるのだろうと思われるが、マーケットという市民の自立によるワーク・フェア政策は講じられていない。 

◆ これでは株式マーケットは反応しないだろう。これは日本だけではなくグローバリゼーションとしての反応にもつながるから、弱ってしまう。

◆ そんな中での伊吹文明文部科学相の発言。ご自分自身は英語は達者であるにもかかわらず、小学生に対しては時期尚早とするのは、どこかに何かがある。英語というツールを特別視している裏返しなのである。

◆ 美しい日本語と英語の勉強が両立しないわけはない。多言語文化の北欧諸国を見れば、火を見るより明らかだ。にもかかわらず、「ダメ」だという発言をする。この「ダメ」という発言の法的拘束力はないのかもしれないが、実際には相当影響を与える。

◆ 法的拘束力は弱いといいながら、それなりの影響があるということは、大臣が使う日本語は、美しい日本語である前に、規制要素のある日本語なのだという自覚をしてほしい。法の淵源はないにしても、その淵源に水を注げる立場にある。そういう自覚を持ってこそ美しい日本語を使える。しかし、それは日本語でも英語でもフランス語でも・・・同じなのだ

◆ 美しい国や美しい日本語である前に、美しい人間や美しい言葉を学ぶ必要があるだろう。この大前提がないと、大臣たちの言葉は、すべて規制言語となる。それは規制緩和と逆方向の文言がゆえに、国際市場は、日本のマーケットの不自由さを敏感に感じるだろう。

◆ 安倍政権の危うさは、憲法改正や教育基本法改正に象徴されるように、構造改革ではなく法制度改革という映り方にある。世界の市場はマーケットのダイナミックな改革を望んでいる。法制度の改革はどうしてもストッパーに見えるのだ。「国際会計基準2009年問題」に対する有効な政策などが打たれるのだろうか。明日の所信表明に期待したい。

※ 参照「国際会計基準2009年問題」→
http://www.shinnihon.or.jp/portal/blog/4/entry/200609/01.html


本間 勇人
2006年9月28日更新

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