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| NTS教育研究所スタッフによる【学び】をキーワードにしたコラム |
| 横須賀学院の歴史性の突出性 |
| ◆ 私学の歴史性とは、社会的現象や事象の時代的配列のみを指すのではない。つまりいつ創設されたか、歴史的偉人がいつ関係したか、どんな歴史的事件に遭遇したかというようなことだけを意味するのではない。むしろ私学が、人間の忘れがちな根源的な存在根拠を開き、輝かす照らし方そのものをも含んでいる。
◆ その存在根拠の照らし方は、私学の建学の精神によって異なるが、人間存在の故郷に根ざしているということは私学の大きな特徴である。だからこそ、この母校と言う名の故郷に同窓生たちはいつまでも集いつづける。 ◆ さて、そういう意味では、横須賀学院もその例外ではないのだが、その歴史性を探していくと、特別な歴史性であることがわかる。今年4月、教職員始業礼拝で、学院理事の大久保照牧師が講演されたが、その時の講演録を頂いた。演題は「キリストの眼差しの下で」である。 ◆ 大久保理事は、まずご自分の母校北海道の酪農学園に思いを馳せられた。「神を愛し、人を愛し、土を愛する」という「三愛主義」を「建学の精神」としたクリスチャン・スクールの精神性について語られたのだ。 ◆ しかし、これは単純に母校愛という話ではない。酪農学園の初代園長黒沢酉蔵の時代に思いが広がっていたのである。黒沢酉蔵もプロテスタントの信者だったが、当時の北海道は、クラーク博士のプロテスタント的フロンティア精神の雰囲気が充満していた。 ◆ 坂本竜馬の家族や家系もすでに北海道に移住して、プロテスタントの精神に基づいて、新しい国を夢見ていたというし、新渡戸稲造、内村鑑三の伝説的精神も継承されていた。札幌のあの大通り公園を最初にボランティアで手がけたのは札幌興農園。この園芸企業の草々期は、町村農場の創設者町村敬貴も関係したというし、彼らが苦心して育てた牧草の探究には、実はあの江原素六もかかわっていたという。 ◆ 大久保理事は、新しい国を作るために必要な新しい人づくり、つまり新しい教育の創出が開始されていた、まさに私立中高一貫校の精神が発出していた時代を呼び起こしていたのである。そのうえで今度は横須賀学院の歴史に残る一教師の言葉をそこに重ねた。 ◆ 「私たちの学校はキリスト教の学校であり、ここにしか人間を造りかえる道はないと思います。だから私達の学校は、何かあっても、礼拝を忘れることはないのです。絶対に礼拝の時間を守るのです。」と。 ◆ 人間を造りかえるという精神は、プロテスタント校としての横須賀学院の歴史性の土台であるが、同時に学校を離在して到るプロテスタントの精神の歴史性そのものでもある。横須賀学院は歴史的には北海道にルーツがあるわけでも何でもない。しかし、新しい国は新しい人によって創られるという歴史性を担っていることは確かだ。つまり横須賀学院は、学院を超えて私立中高一貫校の歴史性を背負っているのかもしれない。 ◆ このことは横須賀学院の生徒たちにとっては、未来をどう生きるべきか、その大きな存在の条件、いや存在の故郷になるのではないだろうか。
参考 |
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本間 勇人
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2006年6月23日更新
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