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私学の先生方の教育コラム9
不死鳥(フェニックス)のように
中村学園   元校長 故 小 林 珍 雄
 
 「不死鳥(フェニックス)のように―中村学園小林珍雄(よしお)奨学基金20周年記念誌」
小林珍雄先生は中村学園5代目校長であり、戦後の復興、新学制への移行期の中村学園を支えた方です。2000年11月、小林先生の名を冠して創設した奨学基金の20周年を記念して式典が行われ、この記念誌が発行されました。記念誌の中の小林先生の言葉からは、学園に地下水脈のように流れる中村スピリットを感じることができるはずです。
 中村学園小林和夫理事長先生のご好意でここにその一部を紹介いたします。


◇◆◇1.あい-愛-の項・母と子◇◆◇
◇◆◇2.兩雄並び立たず◇◆◇
◇◆◇3.「会報」・「みやこどり」 巻頭言より◇◆◇

◇◆◇あい  愛  の項◇◆◇


すなわち愛すべきものを愛せず、愛してならぬものを愛し、多く愛すべきものを少ししか愛せず、少ししか愛してならぬものを大いに愛するときに、罪が生まれるのである。
(略)
神を愛するがゆえに、また隣人をもおのれのごとく愛し、汝の敵をも愛さなければならない。キリストのおきてはこの二つの愛に要約されている。
(世界大百科事典 1972年版 平凡社)

◇◆◇母と子◇◆◇

女は弱し、されど母は強し、とか、ゆりかごを動かす手は世界をも動かすとかよくいわれる。
私も昨年七十余歳で病床に受洗して、老樹の自然に枯れて倒れるような大往生をとげた老母をうしなって、齢五十になってはじめて母の力の大きさがわかってきた。
二年余り母が病床にあった頃、丁度私には大問題がつきつけられていた。一文なしで親ゆずりの学校を、戦災の灰燼の中から再建しなければならないという仕事だった。
学校にのこったのは石の門柱と校庭のローラーだけだった。石と鉄とだけが残ったのだ。
幸にして諸方面からの後援で今はやっと復興したが、中途で幾度か、もうどうしてよいかわからない苦境に陥った。
建前のすんだまま資金難から幾月も建物を風雨にさらし、たちぐされになるのではないかと幾夜も眠られぬことがあった。
苦しいさ中に、母は死んでいった。もうどうにもならんと、力を落としそうになったとき、いつも私を慰めはげましてくれたのは、枯れ木のように倒れていった母の面影であった。
母が天国で私のために祈っていてくれる限り、できないわけはないという信念だった。
母が死んで学校を再建してくれたのだ。
(略)
(カトリック新聞「時局展望」昭和二六年一二月九日)



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