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ホーム教育を考えよう:私学の先生方の教育コラム


私学の先生方の教育コラム5
旅のはじまり
中村中学・高等学校  小 林 和 夫 理事長

 わたしたちの最初の訪問地はアムステルダムだった。17世紀には世界最大の商業都市として栄えた面影を残す、美しい運河の町である。アンネ・フランク一家がナチスの手から逃れて住んだ家も運河に面してあった。写真で見覚えのある本棚の裏側につけられた狭くて急な階段を上ると、そこはアンネらが寝起きした部屋だった。15歳の少女は窓から外を覗くことすら許されない。追いかけてくる時代の狂気のなかで、何を求めて生きたのか。帰国したら「アンネの日記」を読み直そうと思った。

 ポーランドのオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)強制収容所跡を訪れた日は、灰色の雲が重くのしかかり、肌を刺す風が冬の始まりを告げる、11月12日であった。目の当たりにする現実は、博物館の売店で買った白黒写真と同じく、色彩がない分、殺人施設としての本性を突きつけてきた。日本人の博物館専属ガイド氏が1メートル離れると聴きとれない低い声で丁寧に説明してくれた。見学者は世界中から来るそうだが、ドイツの青少年が一番多いと聞いて、苦い学びを実践するドイツにあらためて底力を感じた。ささいな理由で殴り殺される極限状況にあった収容所内で、生きる価値が砂を掴むように消えていくのをかろうじて救ったのは、監視の目を盗み文学を語り詩を読む教師や聖職者の存在だった、という話はわたしの胸の奥にささって抜けない。

ポーランドからチェコを通ってオーストリアに移動する旅は、国際列車で6時間30分かかった。コンパートメントの中で一睡もせず話に花が咲く楽しい一時となったが、厳めしい制服を着て銃を持った国境警備隊によるパスポートチェックには緊張した。それがEU(欧州連合)加盟国であるオーストリアからフランスに入国するときは、一切チェックがなくEUの利点を実感した。2002年から共通通貨のユーロが使われるようになれば、今回はギルダー、ズオチ、シリング、フランと4回も両替をしためんどうも必要なくなるだろう。(この2月になってナチスを容認するかのような極右政党が、オーストリアの連立政権に参加した。他のEU諸国からは制裁も辞さない猛反発が起きる。一方オーストリアは、内政干渉だとつっぱねる。歴史はいつもまっすぐ前へ進まない・・・・・・。)

 最終宿泊地パリのホテルに向う車から、エッフェル塔の電光掲示板が2000年まであと45日と示すのをぼんやり眺めていた。わたしたちの旅はここで終わる。しかし人間精神を探究する旅は今また始まる。愉快な同行者と4泊5日にわたり達者な日本語で、新生ポーランドを熱く案内して下さった、マウゴジャタ菊地さんに心から感謝を奉げてペンを置く。

  ※ 1999年11月、中村中学高等学校の理事長小林和夫先生は、ヨーロッパ教育視察団の団長として20人の私学の先生方を率いて、オランダ、ポーランド、オーストリア、フランスを訪問されました。今回の視察団は、各都市の学校、教育関係機関、文教施設などの視察によって、教職員の国際的視野の拡大と教職に対する意識が高まり、私立学校教育の振興が図られることを目的として、財団法人東京都私立学校教育振興会によって編成されました。

 帰国後、今回の成果が「ヨーロッパ教育事情視察報告」としてまとめられました。報告書は、92ページ構成で、淡いピンク色のハードカバーの装丁です。どの報告書からも、教師の根源的な存在価値を旅行中に感じ、帰国後人間精神を探求する旅がこれから始まるという私学の先生方の覚悟が伝わってきます。

 小林先生の「旅のはじまり」は、この報告書のエッセンスです。私学の先生方の気概をぜひ伝えたいと思い、小林先生の文章を私どものホームページに転載させていただけるようお願いし、快くご了承していただいたのです。

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2000年4月9日寄稿


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