2002年06月27日
共立女子中 渡辺先生から NTS本間へ

共立の渡辺です。

京都ですか、どのような仕事でしたか。

先週の私は大変なスケジュールで学校は34コマの時間があるのですが、3日連続の学校説明会と授業でなんと28コマでした。そこに夜の出張があり、日曜は相談会で休めずにとうとう6月は休みが取れません。人間の生活をしていないようです。

さて、「刈谷剛彦グループが私学の有効性を証明した」を読ませていただきました。『論座』の7月号は読んでいないのですが、「家庭環境がもたらす学力の格差」はまず家庭環境の定義がなされていないような気がします。その点、本間さんの「学校選択のための根源的観点」は論点が明確になっており、教育の階層差などという曖昧な用語が使われていないため、大変まとまりの良い論考になっていると思います。刈谷剛彦グループの「家庭環境」はまさに「市場原理」を受け入れるかどうかの「家庭環境」なのでしょうね。学校としては「学校選択のための根源的観点」で触れられている「現実知」と「可能知」をどのように統合するかということになるわけです。本間さんは〔「現実知」はより実感のある知識の体系を確実なものとするために体験を知識に結びつけるための発想が汲み上げられるにとどまる。「可能知」は創造されたアイディアを現実化する技術が訓練されにくく、可能性で終わってしまうおそれがある。「無限知」これは実際にはうまくいかないケースが多く、スローガンで終わり、実際的にはどちらかに偏りがち、ただこの統合にチャレンジしているかどうかが非常に重要である。〕と述べています。本当はその辺をよく整理して考えなければならないのですが《知のスタイル》は眼に見えるように提示できないまでも、何となく漠然とあるような気がします。先日のセミナーの情報リテラシーは、その一例なのかも知れません。またその辺りは、「相互行為」の話もまだになっていますので、いずれということにします。空海の曼荼羅十住心の話を本間さんから聞きましたが、まあ分かるような、分からないような気分ですが、興味はあるので読んでみます。

本間さんの「ところで、廣松渉はモダンでもなくポストモダンでもなかったわけですよね。ではなんだったのですか。廣松が言う華厳経。それはなんなのでしょう。人生の奥義はいずこにあるのでしょうか。」の問いは少し時間を下さい。

明日からまた2日連続の学校説明会です。27日にお会いできるのを楽しみにしています。





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