| 2002年01月18日 NTS木村から共立女子中渡辺先生へ |
| 渡辺先生
NTS教育研究所の木村でございます。 大変失礼な物言いになってしまうことを承知で申しますと、
様々な私学の作品が展示されていた中で感じたことは、「共立女子の生徒には色々な人間がいる」ということでした。作品と学校名や学年などを見比べていく中で、ファンタスティックな世界を繰り広げる作品の多い学校、写実的な手法が多く見受けられる学校、女子美などの美術のテクニカルクオリティが全般的に高い学校、などある程度の学校のカラーがあることに気が付きました。しかし、その中で共立女子に関しましては、よい意味で「ばらばらの魅力」という印象を受けました。つまり、多様性がともに影響しあって生きている学校。いろいろな学校のパンフレットなどで見受けるこの言葉ですが、言葉になると途端にひらぺったくなることを、あの作品展で体感することが出来ました。
あのCALで実際に体験させていただいた美術の授業も、一般的に捉えられている美術という狭い枠組みを乗り越え、自分を肯定し、どう人と生きてゆくか、どう感じどう考え、つまりどう生きるかということを考えるきっかけを与えてくれるようなものだったというのが私なりの認識です。自分を肯定することで、他人を肯定し、それによって得られる様々な視点。普通に生活をしていく中ではそれに気付くことはほとんどないことと思います。 「これが正解」というテクニックを授けられるのではなく、一緒に授業という一期一会の場に立ち会ったときに起こる先生と生徒、生徒と生徒、自分とのケミストリーな出会いの場。「同調」することによるつながりではなく「人間」「空間」「時間」の「間」の共有によるつながり。そんな美しい気付きの火花の散る瞬間瞬間があちらこちらで勃発しているのが共立の授業なのでしょうか。今まで出会わせていただいた、「個性あふれる」という平板な言葉を軽く超越するような、超ど個性の素晴らしきクレイジーな共立の先生方をお一人ずつ思い出すたび、「なるほど、こんな先生達がいっぱいいたらあえて個性を育てる教育なんて声高に唱える必要なんてないだろうな」とつくづく実感するわけでございます。 そんなことをつらつらと考えさせられた展覧会でした。今まで無理に「共立らしさ」とは何ぞや何ぞや、と探してきたことが、ここでふっと自然につながった気がします。 ずいぶん長くなってしまいました。きっと先生は今一番お忙しい頃と思いますが、これからいよいよ極寒の時期が到来でもありますし、お体に気を付けて毎日をよりクレイジーにすごしてくださいませ☆ |
