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第11回「市民性学習(Citizenship Learning)」


講演 「市民性学習(Citizenship learning)」 立教池袋中学校・高等学校 高野利雄先生


1.市民性学習の成り立ち―高野先生の教員生活と実感を振り返って―

 この市民性学習というものですが、1969年には中学生をつれてワークショップを始め、ただ、わいわいと一緒にやっていたというだけでした。ことの始まりは70年代の、ご承知のように、大学・高校・中学の授業が成り立たなくなってきた時代です。
 69年というと、私も当時若いだけでありましたが、自分たちのできることは何かと考えた時、ボランティアのワークショップだったわけです。ワクワクするキャンプとは違いましたが、生徒たちものってくるので2〜3年と続けていました。そのうち、「ボランティア」という言葉も一般に知られるようになり、「福祉教育」が叫ばれるようになりました。80年代に入るころに、草の根的に実践し始めて、他の学校とも連絡をとるようになりました。82年には、全国ボランティア学習連絡協議会という、ボランティアや奉仕活動について研究するための協議会が開かれました。

 しかしその一方で、ご承知のように80年代は校内暴力で学校が荒れますし、不登校の問題も出はじめます。90年代に入ると神戸の事件が起こり、各学校にスクールカウンセラーが導入され、教師と生徒の関わり方が問われるようになりました。
 私自身、80年代半ば頃から、カウンセリングはボランティアとどこか近いものだなぁと思っており、カウンセリングの勉強をはじめました。勉強をはじめてみて、やはりボランティアとカウンセリング的アプローチは極めて似ていると感じ、この二つをどう融合していったらいいのかと考えるようになりました。

 2000年3月にカナダでのピア・サポートの研修に参加し、5月にはイギリスのロンドンでCitizenship Educationの実際を見学してきました。そして、この二つを続けて勉強したとき、Citizenship Educationとボランティアの精神の中にカウンセリング・アプローチが入っていると改めて思ったのです。Citizenship Educationは、教師と生徒のカウンセリング的な関わりが土台となって展開されています。
 そんな折、修学旅行の関係で1週間穴があく期間があり、何かやることがないかということで、2000年からドタバタと市民性学習が本校でスタートしました。その時は、2000年度の高校1年生を対象に、知り得てきたばかりの、まだ十分にわかっていない知識の中で取り組んでいました。そして2001年度から、もう少しきちんとしたものにしたらどうかという話が学校からもあり、総合学習の時間にCitizenship Learningというものを市民性学習として申請し、一つの学習プログラムが始まったわけです。


2.市民性学習の取り組み

 本校では、修学旅行を高校1年生でやると1週間穴のあく期間があるので、その間に市民性学習を進めてもよいなということで、はじめています。
 市民性学習は、大きく分けて(1)対人関係トレーニング (2)小集団での役割と責任 (3)自分の将来を考える (4)解決課題についてのグループ学習・インタビュー・プレゼンテーション (5)地球市民として考える (6)グループ・アクティビティとしての市民性学習――このような流れで進みます。
 市民性学習の考え方としては、21世紀は民衆社会、共生社会にむかっているという認識のもと、民主主義にしろ共生社会にしろ、民主共生社会を構成する市民なる者の有りようを、私は「市民性」と名づけたということです。

 市民性とは、まずは目の前にいる人がどのようなことを考え、何をしようとしているのか――カウンセリングでいう傾聴していく力――が必要です。自分自身をはっきり伝える力がなくては、市民性をスタートできないのではないでしょうか。そして、人と人との関わりのなかで、共に直面している解決課題をいかに乗り越えていくのか、いかに民主共生社会を創造していくか、という問題があります。そして、ここでは共に解決課題に取り組んでいくこと自体が大事ではないかと思っています。その際、小集団での自分の役割を認識していくことも重要となってきます。
 また、この市民性学習のプログラム自体は、高校生がいかに自分の将来を、小集団(身近な世界)の中で、自分自身を振り返り、将来を考える機会にもなると思っています。その後に、自分自身のことを考えながら、地域や地球規模での解決課題を自分たちがどう取り組んでいくかが問われることでしょう。
 そして、解決課題に取り組んでいる個人や団体にインタビューを行い、メッセージをもらってきます。ある生徒がこんなことを言ってくれました――「大人たちを信じてもいいんですね」と。たとえば、戦争をテーマに取りあげたとき、戦争について本当に考え、反戦運動をしている団体やマスメディアの動き、ボランティア、市民活動など、実際に起きている問題に取り組んでいる大人たちが多いことを、インタビューを通して知っていくわけです。その過程で、「自分たちもやれるんだ」というように、生徒たちの思考が大きく展開していく――このことを実感したとき、市民性学習プログラムを展開していきたいと私は強く思いました。
 さらには、この市民性学習を、国際的な訴えにも結びつける必要があるのではないかと考えました。そこで、1週間のプログラムの終わりに、有志でグループをつくり、そのグループが実際に活動をしていくことで、さらに市民性を学び続けていくという支援を、ずっと継続して行っています。


3.市民性学習の事例公開

 高野先生による市民性学習の概要のご説明後、会場では、実際の市民性学習の様子をビデオやスライドで見ることができました。以下では、その一部を紹介したいと思います。

■対人関係トレーニング
 市民性学習に入る前に、まず、自分のエコグラムを作り、自分の対人関係の傾向をつかみます。次に、3人1グループに分かれ、ロールプレイをします。自分の話を聞いてもらえない体験、話を熱心に聞いてもらう体験、対立関係を調停するプロセスの体験をすることで、コミュニケーション力を身につけます。
 自分の話を聞いてもらえない体験をした後の生徒たちのコメントとしては、「もうこの人とは話したくないと思った。せっかく話しているのに・・・ちょっぴり切なくなった」「自分のしていることが認められない」「話をしようとすると意見を言われてしまう」「なんか、適当に聞かれている感じがした」「自分の話をしている時、意見を言ってくれるのはうれしいが、最後まで話を聞いてほしい」などがありました。一方、自分の話を聞いてもらえた体験の後では、「自分のことを考えてくれるんだなぁと思った」「気分が悪くない」「親身になって聞いてもらってうれしかった」など、会話では傾聴の姿勢が大切であることを学んだ様子です。

■小集団での役割と責任
 今度は、5〜6人のグループになり、与えられた課題を解決するためのディスカッションを行います。このグループには、リーダーが1人、協力者が2人、妨害者が1人、残りの人が消極的な人というように、それぞれ役割が与えられています。その役割にそって話し合いを行い、グループとしての結論を発表します。その後、良いグループとはどのようなグループか、良いメンバーにはどのような特質を持っているのかについて話し合います。ここで、エクササイズとして「バンガロー殺人事件」の犯人探しをやってみます。これは、グループ内で話し合いをしなければ犯人を探せない仕掛けになっています。
 このように、良いグループづくりやリーダーの特質について、学年全体が考えるのは大切なことではないでしょうか。対人関係トレーニングや小集団での役割と責任などは、最終的には隠し味のようなもので、クラスがうまくいけば・・・という願いでやっています。

■自分の将来を考える
 これは、自分のことを考えるワークです。まず、これから自分がしたいこと、したくないこと、望んでいることなどを書き、つぎに、自分の良さとは何かを書いていきます。そして、それが見つかったら周囲の人に伝え、聞き手は肯定的にそれを受け止めます。

■解決課題に取り組む
 このステージでは、解決課題についてグループ学習をし、インタビューとプレゼンテーションを行います。
 解決課題というのは、生徒たちに「今、君たちが解決課題と聞くと、どのようなことだと思うか」と聞き、考えをたくさん出して整理します。すると、40〜50ぐらいに絞られてくるので、そこから1つ選びます。そして、1グループ10人くらいで、解決課題について調べ、インタビューに出かけます。たとえば、2001年の例では障害者問題、感染症の問題、少年犯罪など。2002年に新しくでてきたのは医療ミスの問題で、2003年にも続けてでてきています。そのほか外交問題、ワールドカップ、イラク戦争、憲法第9条の問題など、今年(2004年)は特に世界中の人々が動いている様子がよくわかります。
 さて、そうした問題の解決課題に取り組んでいる大人に出会って、インタビューをするのには意図があります。立教池袋は完全6年制の学校で、小学校から周りの友達はずっと一緒ですから、そうした特別な集団の中で6年も学校生活を共にするというのは、彼らは非常に狭い世界しか知らないのです。これはだめだと私はいつも思うのです。
 市民性学習とは、人と人との関わりあいの中で人間形成をやっていく、というプログラムです。インタビューを通して、生徒たちが考える解決課題が、社会で放置されているわけではないことを知ることは、大変重要なことだと思っています。市民性学習では、人との関わり合いの中で実際に体験してく中で、その問題解決を探り、社会と大人との関わりあいの中で体験していくプロセスを大事にしているのです。

■プログラムのその後
 9月になって希望者に募集をかけ、週1回、自己表現・自己のトレーニングをする活動も行っています。現在15〜20人ほどのメンバーで、2〜3ヶ月くらい活動しています。そのメンバーの中から、さらに市民性学習の続きのようなものとして、学校の中のさまざまな問題についてピア・サポート活動をしています。参加したいという人には、1月・2月からのトレーニングがあり、高校2年生の4月から、ピア・サポーターとしての活動を行っています。参加した生徒たちに聞いてみると、「中学生のクラブ活動で対立があった時に役立った」という声もありました。


4.市民性学習のねらい

 生徒たちが「世の中を動かす力」「世の中を助ける人」をどう描くかというと、「なんでも助けられる腕、ひとをひきつける傲慢なボディ、悪者を倒す脳、あきらめない足、発想が豊か、決断力・思考力のある人、目は鋭い視点を持っている、耳は人の話を聞く、口は説得力、手は器用、足は行動力、心は広い心で・・・」と、そんな人間の絵を模造紙に描いていました。

 中1の4月というと、生徒たちはこれからどんな教師について、どういう目をもって、どういう耳をもって、自分のクラスにはどんな人がいて、どのように関わっていけばいいのか・・・といろいろなことにドキドキしています。それが6月ごろになると、人間関係がごちゃごちゃ始まるというのは相変わらずです。
 たとえば、授業中に攻撃的な発言をした生徒がいたとします。その時、教師が「今の聞き方はクラスを良くする聞き方かな?」とクラス全体に問いかけてみると、生徒たちはハッと考えます。もちろん、それですぐに問題が解決するわけではありません。ただ、はじめは「クラスを良くすること」を考える段階だったのが、市民性学習で「世の中を良くすること」「自分の将来を考える」など抽象的なアプローチでも、自分自身の問題として考えることが可能となるわけです。


 まだ中高生の生徒たちは、老人ホームにいらっしゃるお年寄りに人生があったとは捉えられないんですね。もちろん頭では理解していますが、「はじめからそこにお年寄りがいた」という感覚なのです。ですから、お年寄りを「お手伝いしてあげる対象」として見ていて、どうしても一人の人間としてのお付き合いができない。
 目の前にいるこの人は、どのような人生を経て今ここにいるのか―ただし、決してそのためだけにお話を聞いてはいけない―それを、クラスの仲間同士でやってみてはどうかと考え、中3でやってみました。今まで自分がつきあっていた友達が、幼稚園や小学校でこんなことを経験していたと、生徒たちはお互いに初めて知るわけです。そうすると、クラスメイトのことが身近になっていくのです。
 相手の話を聞いた後、今度は相手の人間になったつもりで伝記を書いてみます。話を聞いた範囲で、これまで相手が経験したことを相手の気持ちになって伝記を書いてみるのです。ある生徒は、「15年間の人生の中で、人はそれぞれの、楽しくもあり、辛くもある人生を歩んでいる」と書いています。このように、自分の目の前に座っている人が、人間としてそれぞれの人生の歩み、想いを持っていることに気づいてもらうことがねらいです。

 市民性学習とは、人と人との関わりあいの中で人間形成をやっていくプログラムです。日本では、「自分は市民である」という意識が持ちにくい社会関係があると思います。しかし、グループという小集団にはじまり、クラス・学年全体、そして社会という集団の中で、実際に体験し、その問題解決を探ること、人と人との関わりの中で成長していくということが、今後ますます大切になってくるのではないでしょうか。

 


5.質疑応答

 高野先生の講演後、会場にいる先生方ならびに教育関係者の方々から、質疑応答とコメントが寄せられました。

明治大学付属明治高等学校中学校・松田孝志先生のコメント
「すごいエネルギーですね。僕の授業実践は単発ですが、立教池袋の市民性学習はきちんとシステムとして確立されつつあるなぁという印象を受けました。1ヵ月後のフォローと、ピア・サポートにつなげているというのは学校の取り組みともいえ、すごいと思います。」




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