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「第一部 執筆者の先生方のご紹介および実践されている授業について」 |
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<川合先生ご挨拶>
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<明治大学附属明治高等学校中学校 松田孝志先生>
僕はこの会に出させていただいて3つのことを感じています。 1つ目は、他流試合をさせてもらっているなと思っています。閉鎖的な学校の中で自分の授業、あるいは教科内の授業だけしかみることができないのを、色んな機会を通じて客観的に自分の授業をまとめたりすることができたなと思います。そして、本の第2版目のところでは、第1版目でジグソー法、凄いねっていうふうに言われたんですけど、呟きでは「これは使えないよ」というお話があったので、それを叱咤激励と受け止めまして、簡便法を探る事ができました。これはやっぱり他流試合のおかげだなと思っております。 2番目は、川合先生、渡辺先生はじめCALに集まってこられる先生方と会えるのがとてもハッピーなんですね。気概をもって子供たちの前に立つそのエネルギーを貰っているなと。かっこよく言ってますが、弱音もあるんですが、こうやって色んな先生とお会いできるその機会をいただいてるなと思っております。 3番目は実は毎日ホンマノートで本間さんと会話をしてるんですね。そうしますと本間さんをはじめ、教育に対する思いとか、色んな刺激を受けて自分の授業は進化できてるなと思っています。子供たちも変わってきますし、時代も変わってきますし、僕も変わってきますし、その中で新鮮な情報、そして叱咤激励、おまえそれでいいのか?と、いつもそういう視線を感じています。ですから、こういう本を書かせていただいたり、あるいはこういう話をする機会をいただけくということは本当に教師としての腕を磨く、そういう機会を与えてもらっているなと感謝しております。これからも、できるかぎり続けていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。 |
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<湘南白百合学園中学・高等学校 大貫麻美先生>
―「総合的な時間」における環境問題に関するグループ学習の実践― はじめまして。本の方は共同執筆をしておりまして、そちらに名前の載っております高山真記子がこの実践報告の授業を担当しております。私はその授業のTT(チームティーチング)のような形で入っていることや、概念地図法という手法そのものについての技術的な方のサポートで入っておりました。私は今回CALにはじめて参加させていただきまして、これから新入生として色々学ばせていただきたいと思っておりますのでよろしくお願い致します。職務の都合で高山がこれなくなってしまったので、私の方から簡単に実践の内容の報告を致したいと思います。 本校の中学校3年生における環境教育の授業についての実践を本の方に紹介させていただきました。本校中学校1年生では、福祉に関する総合的な学習を行い、2年生で平和についての学習を行っております。3年生の方では環境を主軸においた、それぞれのグループ活動における概念地図法の作成、またそれに伴って各グループで自分達はどういうことをやっていこうかという研究テーマを決めて、そこからそれぞれのグループでの研究を進めていき、それをお互いに発表しあって相手の発表の内容からまた学習をしていくというような流れになっています。 概念地図を作っていますとお話をしているのですが、この概念地図法というもの、アメリカのノガク教授という方が開発しまして、最初は大学で使用されている方法でした。ですが言葉を繋いでいく事によって、自分の頭の中にある、何か関連性はあるのだけどもそれがどういうつながりがあるのかよくわからずにいたものを整理していく方法として非常に有効であるとして日本の方でも、今、大学で最初つかわれはじめ、実際には小学校中学校高校の広い現場で使われるようになっておりますので多くの方も耳になさったことがあるんじゃないかと思います。その手法について私は大学の方で研究しておりまして、その関連で母校である湘南白百合の方へこの実践を使ってみたらと声をかけまして、やっていただいたのを簡単に報告させていただいているのですが、実際子供たちが作っているのを見ていると、非常に色々な言葉はでてくるのだけど、知っているんだけれどその言葉を実は知らない、ということに本人達が気づきだすという、過程が非常に面白いところです。 学習の出だしで、自分の知識というものが、あるんだけれども、それがどこがわからないかわからない、何をこれから調べていいか自分の頭の中にあるものの中のどこに手をつけていこうっていうそのはじめのはじめに凄く力をおいて、そこから自分の学習を身近に引き寄せていこうというその流れがとてもうまく出てくるんじゃないかなと思っております。詳しい実践の内容については、遅れてまいります高山に懇親会の折にでも聞いていただければと思うのですが、とても楽しい授業でしたので、私は参加していて自分の勉強にもなる授業でした。 |
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| <開成中学高等学校 橋本弘正先生>
漢文授業におけるささやかな試み 私がこのCALにご縁をいただいたのは、第一回目の川合先生の時でした。本間さんにお誘いいただいていたのですがお断りしていた。前回松田先生のジグソー法についてもお話も聞いていましたし、実際開成で見ていた授業をいいますと、松田先生の授業に該当する授業をする男がひとりいました。めちゃくちゃな授業で授業になっていない。従来の概念だったら全くなってない。全部ぶっこわしちゃう。空間があれば彼はそこに生徒を連れていって勝手な事やらせる。周りの先生から非難轟々でした。 ところがですね、彼がやった仕事をいま振り返って、彼が退職するときにささやかな卒業文集をつくったんです。それにみんな寄稿したんです。ちょうど私が53年会社にいたときに彼は7,8年の教師でいたわけですけども、その授業を全部整理致しますとですね、今の開成でやっていることは彼がみんなはじめたんですね。私達はそれを前沢改革といっております。僕はそれを非常に評価しておりましたから、僕はそれには力を込めて書いたつもりです。実にその、彼の教えを優秀な男が、学習院の法学部の助教授をやっております。生理学なんですが、それがそのそれの序文でですね「これを前沢明に捧ぐ」という献呈本にしたんですね、それでその時のことわざがですね「何も教えなかった前沢先生に捧ぐ」と。何も教えなかった。凄い男だったと思うんです。ちょうどその前沢さんとですね、尾崎さんて、うちで英語の教師してました。これが別な意味で全然、とんでもない男でした。アウシュビッツにずっといってましてね、そしてついに「僕はアウシュビッツのことをもう少し調べたいから」と今年やめました。実際にこちらからいたしますと、彼に対して物凄い期待があったんですが、彼は「自分のしたいことをするというのが生徒に対する誠実さだろう」とやめて、物書きになりました。どんなふうな物書きになるかわかりませんけれども、そういうのが一緒にいたんですね。それをただひとり統括していた男が、中原という英語の教師でした。中原さんは私達に好きなことをやらせて全部の責任を学年主任で取った。実に思えばすさまじい、それが私達が育ったひとつだったかもしれません。 松田先生が先ほど他流試合、とこういいましたけれど、実は私のところは仲が悪いものですから、英語科は英語科、国語科は国語科、もうそれで他流試合なんですね。あいつはあんなことやってる、お互いにこう冷たい目で見ているわけです。そのかわり、お互いに出したプリントはみんな置いておく。同じ学年のことは「今、私はこういうことをやっている」っていうんで置いておきます。そうすると他教科から刺激を受ける事がとても多いんですね。本当にそういう感じを凄く受けました。 もうひとつ、全く別のことですけれども私いま、苛立っていることがありまして、今私のクラスでですね、学年主任は負担が軽くなるようにって、高2高3はいい子を集めてくれるんです。大体そうだったんです。しかし近頃の若い教師は平等に分ける。平等に分けた結果、どうなっていたかというとですね、これがとんでもない子供たちがごっそりいた。何がとんでもないかってデキるんです。デキるんですが、モノがわからない。これ困りますね。驚いた事に東大に行くための塾に50人中20人行ってる。一生懸命勉強してるんですね。哀れな事にこの前修学旅行に行った。修学旅行で単語見てる。そこで私、怒った。「何のために修学旅行きたんだ」と。そうしたら「でも、やらないとお母さんに悪いんです」と。勉強しないわけにいかない。「それやっても君は絶対伸びないよ。君の目を見ていてそう思う。もしこのことに異論があったら、お母さんに私のとこにくるようにいいなさい」と、そういって話をしてたんですが、憮然としているんですね。なんで勉強してて教師に文句いわれるのかわからない。「君、そんなに勉強したかったら塾にいって、開成なんかやめたほうがいいよ」と、そうすると「先生、開成にいないとはいれないんです」これですからね。こういう生徒相手にしてるとですね、言葉が通じない事がわかります。 私がなぜそういう古い事にこだわるかというと、今度修学旅行から帰ってきました。実は今度の修学旅行は6つに分けて広島を起点として岡山に集合だったんです。その2日間はどこ行ってもいいようにしたんです。沖ノ島に行ったこれは島流しコースと言うんですが、この50人は本当にハッピーだったらしい。松江に行ったこの50人も非常にいい勉強したと。それぞれ来たんですが、帰ってきて一斉にですね、手紙を出そうという事になった。ちょっと見せてくれと私、言ったんです。そうしたらその手紙がどうなっていたかと言うとですね、挨拶もへったくれも無い、「感謝状」って書いてあるんです。ばか言えと。「君、感謝状っていうのは、身分の高い人が下に出すんだぞ」と。お世話になりましたなんてこう書いてあるんです。で、これはですね、型が破れてるんですね。コミュニケーションが成り立つためには、型が、共通でないと成り立たないはずであります。要するに例えば、私が彼女が好きだった時に花を持ってたときに、花を貰ったんではなく愛情を受け取っているわけですね。で、バラの花であれば、これはもっといいんでしょう。友人の女房がこういったそうです。「私の友達が60歳になったら、バラの花束60本旦那さんから貰った」。そうしたら私どもの仲間のことですから、ちょうど秋です、9月生まれの奥さんなんですね。「じゃあ、俺、曼珠沙華60本取ってくるから」こう言ったんですね。そうしますとですね、では曼珠沙華では駄目だって事は、実はモノに意味があったんです。モノに意味があるって事がそれぞれバラバラになりつつある。 今ですね、私が感じている事は、日本の社会持たないんじゃないかって危機感です。もう実は共通の体験がもてなくなってる。共通の意味がもてなくなってる。ですから色々こういうところに来てですね、そういうお話を色々伺って勉強させていただきたい、そう思って今日ここにきました。本当にどうもありがとうございました。 |
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| <共立女子第二中学高等学校 伊藤久仁子先生>
授業におけるコラボレーション(協働)の可能性
八王子にあるんですけれども、共立女子第二中学高等学校の今中学2年を担当しております伊藤と申します。 その時はあんまりこう、大きな枠組みみたいなものはなくて、本当にこういうことしたら面白いだろうなってことを形にして、その時起きてきた、その時そのときのことを大事にしながら授業を組み立てていったんですけれども、自分のスタイルを考えていくと、どの教材を使っても違うものと組み合わせてみたらどうだろうかということが多いということに気が付きました。そしてまた、こちらの本に掲載させていただいたものもそうなんですけども、自分にとって困った状況にあるときに自分にとって印象深い授業が生まれるんだなっていうことがありまして、例えば今回の他教科との、というふうに考えついたのは、そもそもその学年でなかなかその文法の授業というものに興味がわかないし、そして英語の授業もなかなか進んできてるのに、その文法に対する観念ていうのが非常に堅いというか、そこで混乱が生じているような気がしたので、そういったものを英語の先生と一緒に授業する事によって少しでも打破できたらということを念頭に考えました。そのときに声をかけたのが、英語科の松ヶ枝教諭だったんですが、折角いいパートナーが出来たと思ったらですね、八王子から神田一ツ橋の方に移動されてしまいまして、翌年ですね。あららという感じだったんですけども、そして、そちらので松ヶ枝先生はですね、これから多分お話されると思いますけれども、岸田先生と、古文の授業と英語ということで組み合わせたTTの授業をされたということで、まあ八王子の方はまあ色々バタバタありますけれども、少しは学園の授業のレベルというものに貢献ができたんじゃないだろうかというふうに思っております。 やっぱり一番それ思うのが、一番最初に違うものとの組み合わせで授業をしたのが、他の学校の先生である、川合先生であり、一番手がけてなかったのが、同じ職員室の中で、誰かと何かをするっていうのが、一番後になるって事で、校内の資源を、まだ私達は使っていないし、職員室の空気って言うんですかね、そういったものを耕していく事がまだこれからはできるんじゃないでしょうか、というふうに思うんですね。今、橋本先生のお話を伺って、凄いなと思ったのが、プリント。本当プリント一つ取っても大事な、もう一番基本的な私達の授業のツールだと思うんですが、それをみんなが目に触れるところに各教科が置くっていうことだけでも、相当自分達に帰ってくる部分が多い。それをまた活かしたアプローチが自分の教科内で、できるんじゃないかってことが、本当に、ああそうだなっていうふうに思って、こういうことしたらどうかなってことを、これは絶対帰ったら言おうっていうふうに思ったりもしました。 生徒達の動機の中で一番燃え上がる種になるっていうのは、やっぱりこちらからの働きかけもそうなんですけれども、うちは中高6ヵ年、どの学年も全員が担当するんで、やっぱり6学年の開き、生徒子供たちの年齢差っていうものを常に身近にしているんですね。そういう時にやっぱり、圧倒的にパワーを持つのは、教員よりむしろ先輩なんですね。中1、中3ていうとやっぱり近いんですね。1個開くとお姉さんて感じになるんだけれど、中学の低学年と高校生って言うと、もう全然大人のお姉さんて感じで見てますから、その辺りの力をうまく使う事で、校内のリソースって言うんですかね、それをもっとうまく使えるんじゃないかなって事を今色々と考えています。これからも、色々なこういう機会を活かしてですね、集まった先生方に沢山教えていただきたいと思っておりますので、よろしくお願い致します。 |
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| < 北海道教育大学 久保良宏先生>
数学的問題解決活動の活発化について
それから渡辺先生も1番最初の章でもって触れられていましたけれども、やっぱりそのPISA調査なんかを見てみても要するに算数数学だったらばそれをどうやって使ってくのかってことだと思うんですよね。そういうふうな力っていうのが今、求められているっていうことだと思うんですけども。それに関連してその算数数学と社会とかですね、文化とですね、そういうことのつながりというのがひとつの研究テーマなんですけども。でもこれは今、北海道でもって学生と一緒にそういう話をするのですが、なかなかわかってもらえない。先ほどもね、その総合的な学習のお話とかありましたけれども、総合的な学習っていうとまったく違う教科と考えてその教科と関連付けようとはしてないですよね。おかしいんじゃないかと思うんですけどもね。まあ10年かかるかなとも思ってるんですけども。 それでさっきの話の続きですけども、教員養成って話にいけばですね、その次ですけども、今、修士の学生を持ってるんですけれども、そのうちの1人が『算数数学における創造性の基礎を培う』とか何とかかんとかって、そういうタイトルでやってるんですよ。で、創造性の基礎を培うなんて凄いこといってるんですが、その何書いてるかっていうと、要するに文部科学省の指導要領からですね、はみ出ようとしないんですよね。その中で創造性創造性と言ってるんですよね。ここに集まっているみなさんだったら、そんなものは置いておいて、となるじゃないですか。なかなかそういう発想をしてくれない。 それから教師教育でもそうなんですけども、その北海道の先生方と会いますとですね、やっぱりその指導要領から離れようとしてくれないんですよね。まあ隣には、当然指導資料の先生もいらっしゃるもんですから、なかなか先生方も言えない部分があって、僕は凄い、言っちゃうんですけどね、指導資料の先生がいても文科省はそういってるけど、みなさんは一体どう思ってるんですかみたいなこと言っちゃうと指導資料の先生がギラっとこう、怖い顔するんですけども。僕は別に指導資料じゃありませんから、僕のね、そういう風な立場でもっていってるんですけども。 やっぱりそういうこと考えないと日本の教育は駄目なんじゃないかとね、だからもちろん文科省で言ってる事は言ってる事でもって、それはやっぱり理解しなくちゃいけないと思いますけども、しかし5年後10年後の教育を考えなくちゃいけないじゃないかなと、つくづく思ってるんです。それで北海道ではそうした教育を北海道から発信させていこうと言ってるんですけども、今日はここから発信させていこうというわけでうまい具合に北海道と一致してくれたらいいななんて思っていますけども、ここはひとつよろしくお願いします。以上です。 |
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| <共立女子中学高等学校 岸田彩先生(懇親会からのため渡辺先生)>
英語と国語のコラボレーション授業
やった本人ではないのでどこまで正確にご報告できるかわかりませんけれども、まずうちの国語の中学段階でのカリキュラムについてちょっと3年までのお話をしたいと思います。 それからあと力を入れておりますのは、読みと書きなんですね。読み書きにはかなり時間を取っております。読書指導は必ず毎月感想文を読書ノートに書いて、読んだものを書くことになっています。通常よく読書ノートをつけさせると、読書嫌いを促進するとよくいわれるんですけれど、教員が必ず読んで赤をいれてフィードバックしております。これが今のところ一回だけのフィードバックで終わっちゃっているので、あれが何重にもフィードバックしていくようになるともう少しいいねっていう話を国語の先生としているんですけども、かなりこれをこなすだけでも大変なんですね。 あとは書きの方ですけども、これ作文を、そうですね、年に4,5編は多分書かせていると思います。それから夏休みの宿題で、読書感想文を3冊本を選びまして、一つは日本文学ですね、もうひとつは海外のもの、それからもう一つはノンフィクション。それを各学年1冊ずつ指定します。読ませてその中から1冊選んで、原稿用紙に書いてご覧と。教員も読むの大変ですから、一応締め切りがありまして、8月の15日までに、学校かあるいは自宅まで送らせる訳です。で、読み始めるわけですね、教員が。だからこれを読んでいくのもかなり大変なんですけれども、本当に時間をかけながら読み書きそういうことにかなり力を入れていると思います。去年の読書感想文のジャンルで、私印象的だったのは、ノンフィクションの部分でですね、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』あれを取り上げたんですね。そうしたらそれに対する感想文も、大変良い感想文も書かれておりました。最近珍しい本を選択したなっていうふうに今、凄い思います。 そんなことで大体やっていきますので、1年で口語文法が終わり、2年で文語文法とそれから古文の授業に入っていきます。そして3年になりますとかなりのレベルのものを読みこなしていく事ができることになります。その3年生を使って、国語と英語で授業を行っていったわけです。 最初は私、松ヶ枝教諭のところに行きまして、「何かできない?」って言ったら「いや、1人じゃあれだけど…」なんて話だったんですね。でそれから次に岸田教諭のところに行きまして、「何かできない?」って言ったら「1人じゃあれなんだけども」って言うんでじゃあ二人ドッキングしてしまうかって事で始めたのが、まあ最初だったんですね。ですから私の方から二人にお願いをして二人にやってもらったっていうような形に最終的にはなりました。 岸田の方は前から色々考えていたようで、「自分の頭の中で英語に変えていく、そういう形にすればものを置き換えて、例えば日本語の現代語訳をして、その現代語訳からまた英訳に直すのではなくて、読んだものをひとつ頭の中で英語で表現してみるという形をやってみたい」っていうことは前から考えていたということでした。じゃあ題材は何にしようかっていう話になりまして、枕が一番やりいいんじゃないかということで、枕草子の『ありがたきもの』という部分を、まず1時間目に、語釈をさせたわけです。語釈ですから、一つ一つの言葉の意味の注釈はしていますけども、日本文の現代語訳にそれを置き換えていくわけではないんですね。で、2時間目からそれを英訳にする作業を松ヶ枝からはじめました。2時間目ですかね、『ありがたきもの』っていうのは自分にとってそういうものっていうのは何なんだろうか、そういうようなものも話し合われたと思います。 それから実際に英訳の作業に入りまして、こちらから指定した辞書をつかうグループ。それから辞書なしのグループ、辞書なしのグループでできるかなと思ったんですが、結構出来てましたこれ。それから、いわゆる翻訳のソフトですね、これを使うグループ。この3つのグループに分けて、実際に英訳をさせました。で、あとで欧米の人がそれを英語に訳したものとも比較しながら色々解釈をしていきました。 その結果、出来た事は、これはホームページで発信するっていうところまでこれは国際理解っていう部分でホームページで発信するってところまでやったわけですけれども、意外とあの子達は、アメリカ人が英訳で「ありがたきもの」のタイトル「珍しいもの」って訳しちゃってるんですね、実は。でもそうじゃなくて、あったら本当にいいだろうな、なかなかないものなんだけれど、あったらいいものなんだろうなっていうことだと思うんです、その『ありがたきもの』というのは。そのものについての解釈は、そのアメリカ人が間違えて『珍しいもの』って訳しちゃってるグループもいたんですけども、ちゃんとですね、本当にさっき言った、これが正しい解釈だろうなって言うような事で英語に置き換えているグループもおりました。だから、私が心配したのはそのクラスは3年1組のクラスで、私そこ去年たまたま教えてましたから、「このクラスのグループでできるのかな?」って感じを持ってたんですね。それがたまたま岸田のクラスだったんです。かなりあの、面白い子が沢山おりましたから、難しいんじゃないかなと思ってたんですが、結果としては、あの子達にしてはまあまあ良く出来たのかな、という形になっております。 私、当事者ではないので一応そこまでの話ししかできないんですけれども、やり方としては、日本語に置き換えてそれを英訳するのではなくて、読んだまま、読んだままを英訳するという形に置き換える作業の授業を展開いたしました。以上です。 |
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<湘南白百合学園中学・高等学校 高山真記子先生>
湘南白百合学園中学高等学校の高山と申します。先ほど大貫の方から実践内容について簡単なご説明があったと思うんですけれども、具体的にその教科を担当していたものとして、もう少しお話させていただきたいなというふうに思います。 本校の総合的学習の時間は文科省が提示しているとおり、今現在中学1年生から高校2年生まで実施されているわけなんですけども、本の中で執筆したものは、その中で中学校が一斉導入された、中学3年生の内容についてのものになります。中学校の総合的な学習の時間は、それぞれ中1中2中3と、ある程度基幹教科を定めておりまして、文部科学省の方で言っておりますいわゆる『総合的な学習の時間』とはちょっと趣旨は違ってくるんですけども、その中で中学3年生は理科を主幹教科といたしまして、理科の中で自分で考えて、自分で実験をして、それを考察して、自分でどこまで到達できたのかというところをメタ認知するということをやっております。 学習内容に関しましては、環境に関する学習になります。環境学習といいましても、今色々と総合的な学習の中でも騒がれているものなんですけども、その中でも、特に身近な環境ですね、自分の周りで例えば酸性雨はどれくらいの量が降っているんだろうかですとか、自分の周りの大気汚染、大気はどれくらい汚染されているんだろうか、自分の普段乗っている自動車の排気ガスっていうのはどれくらい大気を汚染してしまっているのだろうか、というような自分の本当に身近なところから考えて、環境へと考えを進めていくというような授業をしていこうというふうにしております。本人たちはグループを作りまして、その中でどういうテーマについて学習するのか、まず自分達の力で考えていきます。そしてそれを自分達の手でどうやったら実験ができるのかというところを、教師が支援する立場として、助言を与えながら学習を進めていくということになります。 そして、その研究の活動の合間というか、研究をこれからはじめようという段階、それから研究が終わったという段階で、そこで先ほど大貫の方から申しました概念地図というものを導入いたしまして、本人それぞれがどれくらい自分の理解が深まったのかということをメタ認知するということをやっております。そして研究活動を進めていく上で、どうやったらそれが周りにうまく伝える事ができるのか、その辺りを考えていきながら、より学習を深めていく、そして最終的にはパワーポイントを用いたプレゼンテーションを行って、自分の1年間のものを集大成として発表するというような授業展開で行っております。 本年中学3年生ですと、3年目に突入した事になりますけれども、毎年毎年やはり子供たちは違いますので、得られる成果というのはまた違ってきているんですけれども、本の方で書かせていただきました1年目と比べて、また2年目の方は、たまたま私がはじめて担任をした学年が2年目の学年でもありまして、環境の授業を行いながら、クラスの子供たちと仲良くなりながらというところで、また私自信も、それから生徒の方も学ぶところの多かった2年目であったかなと思っております。今年3年目に入りまして、その1年2年目に得た成果を元に、より成果の上がるような授業展開を進めているというところになります。すみません、ちょっと内容がちょっとばたばたとしてしまいまして申し訳ないんですけども、そのような授業を行っております。以上でございます。 |
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<NTS教育研究所所長 本間勇人>
それからもう一つは、日本の教育を愁いている。そういうこともいえると思います。実は、僕は何故かこのCALにかかわってから、全く外国語ができないんですけども外国人と話すチャンスが多いんですね。で、彼らは、日本の教育の事について本当によく知っているんです。ただし、それは日本の公教育のことについて、まあ、公立の学校の教育についてなんです。日本の教育学部は、非常によく文科省を通して、日本の公立の学校の教育の状況というのを物凄く発信しているんですね。それは非常にネガティブな発信です。だから今、「日本の教育って大変だよね」そういう具合に言われるんですね。僕はそこで、首都圏の私立学校、特に中等教育では、実は先生方がやられているような授業の話をしてこんなことをやっているんだ。そうすると、物凄く共鳴と共感を、得ていただくわけです。杉原先生はミネソタの先進的なそのチャータースクールのプロジェクト学習をやられてて、来年は是非、本に執筆していただこうと。 僕はですね、たまたまヒスパニックが9割を占めているそういう非常に貧しいチャータースクールに行きました。そこの60歳の、スーザン・マスっていう先生はですね、大変エネルギッシュで小さいですね。その地域はほとんどの子供が大学に行かないんです、アメリカで。でもそこでは、El Solていう単語があるんです。太陽。本当に小さいんですけど、サイエンスアンドアートスクールなんですね。で、サイエンスとアートを結びつける。そして、いたるところにプレゼンテーションの空間があって、非常に明るい学校なんです。そこで、その方は多分、スーザン・マスさんは、千葉のチャータースクールについての講演で日本に来ていて、その時に、トヨタが学校を作るって言うのを聞いてたんですね。で、「本間さん、トヨタってどんな学校なの?」って言うから「何かイギリスのパブリックスクールのイートンとかいう学校を似せてつくるみたいですよ」といったら、仰け反ってですね「ベリートラディッショナル!」だと。「ばかげてる!そんなの日本で作ってどうするの」と。じゃあね、実は僕はCALっていうとこで先生方の授業の丁寧なコミュニケーションだとか、コラボレーションだとか、それからピラミッド型のリーダーじゃなくて新しいリーダーとか、そいうことをやって、そういう学習プロセスをカタコトの英語で話すんですね。「私が10月に行ったら是非そういう先生方に会わせてください」そういう具合に言われましたね。 非常にその、何て言うんでしょう、これで気づいたのは、やっぱり僕はね、このCALに関わらせていただいてよかったと。なぜかと言うとですね、確かに小学校6年生、日本全体、ですね、それの何パーセントが首都圏の私立中高一貫校に通っているかというと、3パーセントですね。ですから、本当は地方を入れるともっとなんでしょうけど、97パーセントの公立の学校の状況については世界はよく知ってるんですよ、日本大好きですから。ところが、その3パーセントで行われているこんな素晴らしいね、CALで、確かに孤軍奮闘されている先生方もいらっしゃると思うけれども、少なくともそれができる場があるという、そういう学校の、先生方の活動というのを是非、世界に広めたいなと。不思議な事に、確かに僕はアメリカに行って、話をして、ティファナに行って、消しゴムと鉛筆をね、持った子供がいるんですね。その子たちに追いかけられてね。日本の子供たちはそれを見たときに、僕は、CALで教えられているね、子供たちって言うのは、先ほど橋本先生がおっしゃったように、断片的な体験ていうのは大切なものです。だけどそこから大事な事は、もう微分化されている。理解していく、という力が必要なんだけど、それはこのCALのね、先生方がやられている、試みというのが、それをやっているものだと。金子先生もね、来年よろしくお願いします。そういう、それはね、僕は実感として、僕はわかるんですね。そういうチャンスをいただいてるってことがひとつ。 それから、フランスのアルザスに行って、そこは日本学の研究所っていって、そこがまたラッキーなことに、フランスの青年が日本語話してくれるんですね。彼らもやっぱりよくね、日本の教育の状況を知ってるんですよ。ですから、こういう話をすると、これはね是非ね、フランスの学校と、日本の学校のそういう先生と話し合ったほうがいいんじゃない?みたいなね、アドレスをもらえるんですね。ですから、このCALで行われていることというのは多分、日本の文部科学省は世界に発信しないでしょう。だから僕達は僕達自身で、発信しなければいけないなという、強いミッションを勝手に考えてみておりますけども、そのためには、やはり発信物を作っていかなければいけない。ですから、やっぱり、今日は珍しく座学なんですけども、のちほど川合先生から色々これからはどうしていこうと、あると思うんですけども僕は更に、これは、だからフランスのその日本学研究所には、この本を僕は持っていけるんですね。日本語で持っていけば、彼らはよってくるわけです。 で、実はアメリカのロサンゼルスには日本語を勉強している子供や先生や日本語に興味持ってる先生方たくさんいるんです。だからこれも、日本語で持っていくと、ありがたがられるわけですね。そんな小さな活動ですけどね、もしかしたら大きな渦になるって言うのは、僕はこれは中村の小林先生から習ったわけです。運動というのは、要するに小さな渦からそれが大きな輪に変えればいいんだと、ボランティアのあれですよね。僕は随分ね、ここにいらっしゃる先生方から昔から色んな事を学んで、もしかしたらこれは著作権の乱用になるほど結びつけて、色々出させていただいてるんですけど。是非このCALの活動って言うのは、何でしょうね、世界に知らせるって言うのが僕の役目かなと思ってます。 それで、多分先生方は、日々、小さな出来事で格闘してるんじゃないかと。そこでよく先生方が語りかけてくださるんですけど、ほとんどね、さっきの、その消しゴムと鉛筆の束をもって追っかけてくる、ほんとこんなちっちゃい子、涙が出るよね。何で自分はこれで涙が出るんだろうと。このこと自体は、凄く些細な出来事ですよね。でもこの些細な出来事の背景に、もう要するに、10倍以上違うんですかね、たった一歩跨いだらば、要するに、お金も価格も全然違うと。こういう物凄い問題がそこにある訳です。だから、小さな出来事の背景には物凄く大きい問題があって、そこに向かって、日々、学校の先生、特に私学の先生方は格闘しているんだっていうことは、これは僕は大げさじゃなくって、本当に思って、だからそこのところをやっぱり、父兄もわかってくれるだろうし、世界の人にも、わかってくれると。日本は捨てたものじゃないと。 たった3パーセントだけども、そこにはこういうとても貴重なものがあると、いうことです。すみません勝手に、僕はそう思ってるんですね。だからこれを広めたい。だからこれを発表したい。で、5年後は、英語で、是非、川合先生。英語の先生は何人くらいいらっしゃいますか?CALの英語の先生の力をですね、この本が5冊くらいたまったところで、全部英語に訳するというのはとても無理でしょうが、先生達から「これは世界に広めたらいい」というのをですね、抽選でですね、ランキングをとってそれを英訳して、それをまたもっていくと、いう形でいけば必ずこれは、広まっていくんじゃないかなと。やっぱり言葉の壁って言うのはあると思いますので。だから是非英語の先生の力を。ここはひとつよろしくお願いしたいです。 それと、もうひとつ。僕は凄く、先生方とお付き合いをしていて、自分にできないことがあると。たくさんあるんですけれど、一番できないことが、心理カウンセリング。これ、資格が僕らはないので、このことに関しては全く太刀打ちできないんですね。そしてずっと僕悩んでいたら、哲学カウンセリングっていうのがあるんですね。で、これならもしかしたら、僕らもできるかもしれないなと。最初の出だしが、『disease』と『dis ease』なんです。『この違いわかる?』っていうところからはじまるんですね。『病気』と『楽じゃない!』。『disease』っていうものはdis…何とかかんとかでしょ。それをこう、分けて。ですから、最初はもう本当に全く僕らも何もできないかなと思うんですけども、哲学カウンセリングっていうのは、ちょっと勉強してみようかなと。さっき松田先生のあの、本当は僕は一番刺激を受けてるんですけどね、ああいう形でおっしゃっていただきまして、今度は僕もやっと、自分が勉強する、なんていうか時間かなと。 今後とも、この、一見小さなCALですが、世界にやっぱり影響を与えていくというところで、是非、お手伝いさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 |
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| <CAL勉強会所長 共立女子中学高等学校 渡辺眞人先生>
「序章」
実際にそれが、どこまでのことを考えていたのかわからないんですけれども、段々段々と進んできました。進んできてですね、ある時セミナーを開催して、そのセミナーの席上、じゃあ小学生に授業をやろうという話が出てきたんですね。小学校の5年生と6年生を対象にやったんですけども、実際に授業をやり、そして今までの成果を一冊の本にしようという話にまで発展してしまったんですね。それで、今2冊目が出たという形になっております。後で、川合会長の方から色々あるかと思うんですが、私は、このCALの、今までの過去についてこうずっと経過をたどってお話をしていきたいと思います。 そのホームページが出来上がって、まもなくですね、7月でした。諏訪先生今日もお見えですけども、共栄の諏訪先生の、Hondaの、もてぎツインリンクで、あそこでやった総合的学習についての報告がありました。今まで1年生はこういうことをやっている、2年生はこういうことをやっている、というような話を踏まえて、どういうことをやっているんだという話が主な発表の内容でした。 それから2回目が、会長の『丁寧なコミュニケーション』という、ワークショップだったんですね。実際に我々もこう、車座になりまして、お互いに丁寧なコミュニケーションっていうのは、取り方はこういうことだろうということで、ラグビーボールでしたよね、確かね、ラグビーボールをこう投げてですね、はい、と受け取る人は、ボールはいびつな形をしていますから、きちんと受け取る必要があるだろうということから、道徳の時間にああいう授業をやると、実は生徒達には良くわかりやすいことなんだなということで、随分参考になりました。その後我々に、何か色んな事書かされたことがちょっと記憶にあるんですが、あれはどこかで先生、利用なさってたんでしょうか、あれは。何か色んな事書いたんですよね。そんなことが記憶にあります。 その年の11月、その年の一番最後ですけれども、うちの学校で、想定自画像という、心の内面を描く美術の授業があるんです。その授業はですね、私は勝手に『自分とは何かプログラム』と呼んでいるんですが、1年生の一番最初から、絶えず自分というものを、意識を気が付かないうちにさせていく授業が展開されてるんですね。今1年生は、頭蓋骨を描いてます、静物画で。動物の頭蓋骨と人間の頭蓋骨と組み合わせて描いてるんですね。まず、自画像描きますから、頭の骨格がどうなっているかっていうことをしっかり意識させる。2学期に相当する時期に今度は自分の写真一枚必ず入れてコラージュ、空想画ですね、これをコンピュータグラフィックで作らせるんです。結局自分のアイデンティティを意識させるために、自分の写真一枚必ず入れて、空想画をこしらえる。昔は切り張りしてましたが、今はコンピュータグラフィックでそれをやってます。3学期に相当するときに、自分の実物大の顔をこしらえていくんですね、粘土で。これもやっぱり自分を意識させるための方法だとは思うんですが、実際に実寸で計るんです、ものさしで。で、正面の絵を描きます。横は描けませんから、友達同士で交換して描いて、それをもとにして、実物大の顔を粘土でこしらえていく。1年間はこれで終わりですね。2年入りまして最初に、自分の好きなCDを1枚選んできて、その外側のスリーブを、コンピュータグラフィックでこしらえる。で、これをイメージさせるのに大変やっぱり自分の頭の中で考える、と言う風に言っておりました。それで次に作るものがですね、いよいよ想定自画像と言う、まず自分の心の内面を背景に描くんです。で、近代的な技法まで全部教えまして、それを駆使して、まず心の内面を描きます。それから、自分の自画像を描いていくんですね。どの作品見ても、決して明るい作品ではないんですね。やはり自我の確立期ですから、その自我と葛藤しているという部分で、かなり、暗い、自画像ですけれども、ちゃんとコメントを描かせておりますので、その心の内面が非常に良くわかるんですね。うちの学校にカウンセラーおりますけれども、美術の教員が絵を描かせてて勝手にもう、カウンセリングができてることになっています。「大体今あの子あんなの描いてるからこんなような状況だ」とか、そういうような、実際上のカウンセラーいるんだけれどもカウンセラーを使わないでそれができていると言う感じが致します。まだまだあるんですが、そのあと色んなプログラムが。自分の心の内面を描かすという部分で、かなり面白い授業が行われていますね。そんな話を3回目にご紹介いたしました。 それから年が明けまして、松田先生のジグソー法、少しお話がありましたので、先生、そんな大変だっておっしゃられたんですか?どなたかに。その言われた事を元にして、この簡便法というんですかね、2番目のやつをやっていただいたわけですが、この時も我々も色々やりましたね。ジグソーに分けられましてね、我々ばらばらに。で実際にそれを体験して、これだったら、授業展開として別に社会科とか、そういうものに限らないで、例えば道徳でも使えるだろうし、色んなものに使えるんじゃないかなっていう感じを持ちました。 それから10月に入りまして、京北の杉原先生に、先ほどちょっと本間さんの方から紹介ありましたけれども、『プロジェクト学習の試み』という形で報告をしていただきました。もうそろそろこれが、相当の結果として、分析が出来てまとまってきているという話を川合先生の方からお聞きしましたんで、是非次回は、書いていただけるんじゃないかっていう風に思っております。 それから、その年の一番最後でしたが、『総合的学習の時間における環境学習の実践報告』という形で、湘南白百合の高山先生にお願いしてやっていただきました。それが今回、Volume2の方に紹介させていただいております。 それから次に、『人間社会学の試み 人はどのようにして試練を乗り越えるのか』というのを第7回目にやりました。今日お見えになっておりますけども、順心の金子先生がこれをおやりになったんですが、これも次のVolume3には、まとめていただけるのではないかと思います。人間社会学という言葉、聞きなれない言葉ですけれども、様々な人間の営みを通して行われてきた事、それから例えば、色んな今までアウシュビッツの話が先ほど出てましたけれども、そんな問題について生徒に考えさせるとか、様々な試みがなされております。是非次回に書いていただければと思います。 それから次に、『数学科における問題解決活動の活発化』に着目した、指導と評価という形で久保先生にお願いしました。彼は私と同僚でしたので、前から彼はですね、数学的コミュニケーションと言う言葉を使って、様々な文章を書いていたんですね。で、数学でコミュニケーションとはどういうことなのかと最初、私凄く不思議だったんですが、結局、小学校の算数好きだったっていう子が、中学に入りまして、数学が必ずしも好きにはならない、という部分があるわけですね。そこでその興味関心を維持させながらいかにして論理思考に結びつけて数学と言うものに結び付けていくかという実践だと思うんです。小学校から中学に変わる段階での、その興味関心をいかにして維持させていくかということを、コミュニケーションを通しながらやっていくと。「一番最初にどういうコミュニケーションをするのか」といったら、「まず答えがなかなか見つからない問いを発すればいいんだ」って彼が言ったんですね。まあそれはそうだなと。そっから色々始まるんだろうなということを、話し合ったのを覚えています。それは、このVolume2の中に、紹介されております。 それ以外に、今から2年前でしょうか、8月の11日に、このCALを立ち上げた訳ですから、小学生に対して授業をやったらどうだろうかという話が持ち上がってきまして、今日おいでですけども、中村学園の会場をお借りしまして、国語、それから算数、それから社会と理科の授業を、保護者とそれから生徒対象に、実際に行われました。その時にそのVolume1を、来た方にお渡し致しました。その時の様子は、進学レーダーに2回にわたって紹介されています。それを皮切りにしまして、様々な学校で授業をいたしまして、中村学園で英語の授業をいたしました。これも進学レーダーに掲載されています。それから京北で、『そんな国、どんな国?』今日おいでの坂本先生と井出先生がおやりになったんですけども、これも進学レーダーに掲載になりました。それから第3回目に、共立の第2で、今日、伊藤久仁子先生がおいでになって授業やられた訳ですが、そのときの様子が、進学レーダーと、それから今日のvolume2の方に紹介されております。もう一つ、京華で数学の授業やりました。『乱数サイで円周率を求めよう』という、これも進学レーダーに紹介されて、現在に至っています。 それで私、今回のVolume2の序章を書けということで、第1章を会長がお書きになるって言うことで、それで何書いたらいいかって思ったんですけども、一応2冊目にこれが入りました。入りましたけれども、我々は、その座学によらない、チョークとそれからトークによらない授業を今のところ紹介してきているんですけども、その事例紹介だけでは決してないはずなんですね。それで、一番最初の序章の最初に書いたことは、教育観が少しずつ日本は変わってきただろう、ということを書いたんです。これは少子高齢化によって、様々な影響があちこちにいっている中で、やはり教育観も大きく変わってきたと。机上の計算ではあと1000年経つと日本人は消滅するんだそうです。本当に消滅するか見ることはできませんけれども、教育観っていうのはかなり大きく変わってきているだろうと。 それから、2番目に紹介したのは、OECDの実施したPISAの調査結果なんですね。これでは、日本という国の教育というのはかなり、外国と比べると特殊な事情を反映していると。結果はいいんだけれども実際はこうなんだと、結果は高くなっているけどもこうなんだという意味で、かなり他の外国とは違うという結果が出ているんです。我々が今やっていることは、決してその座学によらない授業の紹介だけではないだろう、いずれは、会長がVolume1にも書いていたことなんですが、これを分析に結び付けていかなければいけないわけですね。それで恐らく、今後は色んな事例をどういうふうに分析していくかっていうことを考えていかなければいけないわけで、そのあたり会長からこれからお話があろうかと思います。 私が今お話した事は、現在にいたるまでのCALの過去をお話いたしました。未来については、会長がお話していただけるものと思います。 |
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<今後のCALの方向性 CAL会長 川合正先生> ■ 1部の最後に川合先生より、CALの今後の活動についてのお話をいただきました。
CAL(Center for the Advanced Learning)の今後の活動について OECD−PISAプログラム責任者アンドレア・シュライシャ−氏が、「 OECD(経済協力開発機構)30カ国がスキルとして重視しているもの」として
と話された資料を見ながら、世界的に求められている学力とは何なのかも視野に入れて我々CALの活動も総点検する必要を感じています。教育界で孤軍奮闘して未来のために実践をしていられる先生方が、学校の先生方と連携するのはもちろん、学校を超えて、すばらしい授業の輪を広めていくことを支援するのがCALという協働的な勉強会だという認識で4年目の活動に向かっていきたいと思います。
という方針で行きたいと考えています。みなさんのご協力をよろしくお願いします。 |