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01/12/17 洗足学園大学附属中学校 「平成十年度 卒業研究」

平成十年度 卒業研究洗足学園大学附属中学校

『平成十年度 卒業研究』 2000年3月21日発行


脳死と臓器移植

はじめに

 三月一日に行われた日本で初めての脳死による臓器移植の報道を見て、最初は正直言って自分には無関係だと思っていた。しかし、臓器を提供したドナーが母と同世代だということを知って、そのことに無関心ではいられなくなった。そして、その瞬間、もしそれが母だったらという考えが頭をよぎった。もし私がこのような状況に直面したら、きっと私は、冷静さを失い、母の脳死を素直に受け止めることができないに違いない。ましてや、臓器移植などは考えることができず、それに対しては、そう簡単には結論が出ないだろう。もしも自分の命で他の人が助かるのならば、私は喜んで臓器を提供すると思うが、提供する人が私の家族の中の誰かだったら話はまるで違う。それは、世の中にたった一人しかいない私の母の体の一部が他の人のものとなり、それでも母はその人の中で、姿形は変わったとしても生き続けていくと思いたいが、実際には、いくら体の一部が母のものだからと言って、前のようなぬくもりなどが感じられることはできないからだ。臓器移植がどんなに人の助けになることだと分かっていても、脳死を素直に受け止めることができず、臓器を提供しようと思うことは、大変な決断力と覚悟がいるに違いない。
 様々な報道がされる中で私は、これを機に脳死による臓器移植について調べてみようと思った。

1 脳死と植物人間の違い

まず最初に疑問に思ったことは、脳死と植物人間の違いについてだ。専門的なことは何も分からない私から見れば、脳死と植物人間の違いを知る由もない。それは、両者とも臓器は活動しているのに、こちらから話しかけても反応がなく、自力で呼吸することができないからだ。そのような事を思っていた私は脳死などに関する本を読んで、それが全くの勘違いであるということに気付かされた。まず一番の違いは、植物人間は死んでしまっているわけではないので、もちろん生き返ることもあるということに対して、脳死というのは、不可逆的なもので、再び生き返ることはない。それは、人間の脳には、大脳皮質というものがあり、その中に、知識、理性、判断などを支配している「大脳新皮質」といわれるものと、食欲、性欲、集団欲といった本能を支配している「大脳辺縁系」といわれる部分がある。またそこから少し下がった所には、脳幹というものがある。植物人間の場合は、大脳皮質はダメになってしまっていても、脳幹は生きているという状態で、それに対して、脳死は、この全てがダメになってしまっている状態を指すからだ。したがって、植物人間と脳死は全く違うものなのだ。

2 脳死判定

 次は、脳死と判定される条件についてだ。今回の脳死による臓器移植でも、いろいろと騒がれた。まず、昭和六十年に定められた法律に基づく脳死判定の基準では、
 一、 深い昏睡状態であること
 二、 瞳孔が固定していること
 三、 脳幹反射が消失していること
 四、 脳波が平たんであること
 五、 自発呼吸がないこと
 六、 この五項目を満たし、六時間以上たっても変化がないことを確認する事
今回の臓器移植は、一回目の正式な脳死判定で、前述した第四項目の条件が満たされていなかった。しかし、その前の臨床的判定では「平たん」だったという。成人の場合、一度平たんになった脳波がまた現れることは少なくないが、脳の一部の活動が再開して脳波が戻る可能性もある。

3 脳死は人の死?

 ここで考えておきたいのが、果たして脳死を人の死として認めるか。
 これについては、とても難しい問題だと思う。ある本の作者は、脳が死ねば、人間は死ぬものだと言っている。それは人間の根幹は脳にあると考えるからだ。そして脳は、その人そのものであり、もし移植すれば、すでにそれは、”その人”ではなくなり、移植した脳の”持主”のものになるはずで、脳の移植はアイデンティティーの否定で、絶対に容認できないと彼は言う。私は、もし家族の立場ならきっと脳死を死として認めることはできない。それは、みんなきっと同じなのではないだろうか。人は有限の命をもつのであり、ある時に生まれ、ある時に死ぬ。そしてそれは、決して誰も変えることのできない、絶対的な事実である。そう分かっていても、会話も何もかもできなくても、たとえ脳が死んでいたとしても、何とかして生かしてあげたいと思うのが人間である。脳死を理解していても、なかなか認められない。それは、心のどこかで、脳死判定の裏には臓器移植があり常にそれが見え隠れしていると考えてしまうからではないだろうか。まだ生きている状態なのに、脳死になるのを期待しているかのような報道をされることもある。家族の立場からすれば、臓器移植は、愛する人の体が部品の集まりと考えられ、命がモノのように扱われてしまうような気がしてしまう。脳死と医療、プライバシーと報道。様々な問題が浮き彫りにされる。
 脳死は人の死とみなすか、といった問いに答えはないような気がする。それは、人それぞれの受け止め方や価値観が異なるからだ。

4 和田移植

 脳死による臓器移植について調べていくうちに、さけては通れない和田移植の話にぶつかった。和田移植とは、1968年に起きた事件で、この頃はまだ、脳死判定基準法も定められておらず、臓器移植を行うことさえ認められていなかったが、北海道札幌医大であえて手術が行われた。ある日、北海道小樽市郊外の蘭島海岸の海水浴場で一人の青年が溺れ、脳死状態となった。そこで和田教授は、彼の心臓をその時入院していたもう一人の青年に移植しようと考えた。これが、日本初の心臓移植である。和田教授は、脳死状態の青年の両親に心臓提供を申し入れ、承諾を得、心臓の摘出を始めた。その後、心臓移植した青年は、順調に回復していき、手術をしてから十九日目の朝には、初めて歯を磨き、いすに腰かけ食事をすることができるようになるまでになった。その後も一応回復の道をたどった。が、しかし彼は手術をしてから四十八日目から急に状態が悪化し、危篤状態になり、彼は移植後八十三日目にして、ついに死亡した。提供者の青年が本当に脳死だったのか、そして、移植された青年が本当にそれが必要だったのかという議論が今もたえない。その後、手術をした和田教授は殺人罪で刑事告発されたが、証拠不十分で不起訴になった。和田移植が医学会に与えた影響は大きいと言わざるを得ない。そして三十一年たった今、脳死による臓器移植は、再びスタートラインに立っている。
 日本では、脳死、臓器提供は認められていなかったが、海外では、脳死、臓器移植というのは、日常的な医療として根づいている。これまで、日本で脳死者からの臓器移植ができないために、莫大なお金をかけて、海外で手術を受ける人も少なくなかった。日本は、臓器提供できる人を、臓器移植法の運用指針で十五歳以上としている。それは、提供の意思を書面で表示できる年齢を民法で遺言の残せる年齢に合わせたからだ。しかし、海外では日本と違って、浮児でも家族の同意が得られれば、臓器提供している。法律は年齢に関係なく平等であるべきで、子供たちにも臓器提供を受けられる機会を与えてほしい。
 これは、偶然私が新聞を読んでいた時に見つけた記事のことだ。それは、米国留学中に交通事故で脳死に陥った女性の臓器を米国人六人に提供した家族が、米政府の招きで渡米し、ワシントンで開かれる臓器提供者表彰式に出席したことについての記事だった。この女性は、運転免許取得時にドナー登録していた。彼女の家族は、娘を慈しむからこそ、それまでの娘の生き方を振り返り臓器提供に同意したという。こうした家族の気持ちが米国では大切にされている。日本でも、そうあってほしい。

おわりに

 今、脳死からの臓器提供のかぎを握る意思表示カードを持っている人の割合は、二・六%でほぼ四十人に一人であると分かった。持っていない人で「持ちたい」と思っているのは二十四%、「持ちたいと思わない」は、三十八・九%であった。カードを持たない理由のうち最も多いのは、「臓器移植に抵抗があるから」で二十九・二%だった。臓器移植への抵抗感が減るには、移植で元気になった人が増えることが大切だと思う。ちなみに、私もドナーカードをもっている。偶然コンビニにいった時にドナーカードを見つけ、手にした。今では、誰でも気軽に持つことができるようにコンビニなどに置いてある。
 私は、今回脳死による臓器移植について調べていくうちに、たくさんの人が臓器移植に関心を持ちはじめているが、まだまだそれは十分ではないと思った。簡単なことではないが、もっとみんなが臓器移植に関心を持ち、真剣に取り組んでいってほしい。
 私は、臓器移植で生命が救われる人たちを大切にするとともに、それ以上に、脳死者とその人を死後なお愛する人たちの感情をもまた大切にされる必要があると思う。
 だれかの死を必要とする矛盾に悩まされ、命の尊さについて考えさせられた。

参考文献
・脳死とは何か 竹内一夫(講談社)
・脳死 立花隆 NHK取材班(日本放送出版協会)
・脳死と臓器移植―日本人の選択 水野肇(紀伊国屋書店)
・朝日新聞
・読売新聞

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ごみを出さない生活〜ごみの回避(ドイツ、日本)

はじめに

 最近のニュースを見ていたら、いつでも、どこでもこのニュースばかりだった。それは”ダイオキシン”だ。
 ごみは人間が生きている以上必ず出てくるものだ。けれどその人間が出したごみが人間やその他のものにも与えている影響は大きい。もちろん影響は少ない方がよい。だからリサイクルという方法で少しでもごみを減らす必要がある。日本の現在のリサイクル率は9.1%と低い。確かにリサイクルは色々手間が掛かり、めんどうかも知れない。しかしもっとリサイクルできるはずなのにどうしてだろうか。
 そのニュースを見ていたら、日本のごみに関するあらゆることが報道されていた。その中でリサイクルのことを言っていた映像でよく目にするのは、外国人がごみを出す所や、そのリサイクルのシステムだ。それを見るたびに徹底したリサイクルに驚き、感心した。
 けれど驚くばかりで具体的なことを知らないので、もっと外国のことを知ってみたいと思い、日本と他の国を比べることを、今回の研究の1番大きなテーマにした。
 外国と比べる前に、日本で都道府県によってごみの分別の仕方が違うことに疑問がある。
 身近な例だと、学校のごみ箱はカンとその他の2つに分かれている。私の住んでいる東京23区は可燃ごみと不燃ごみに分けている。それが普通だと思っていた私は学校と同じ様な千葉県の分別にもなぜだろうと思った。
 そして千葉県にいるおばに聞いてみると、どうやら東京都とは焼却施設の仕組が異なっているらしい。この様な疑問から、日本のごみのことを知ろうと思ったし、その必要があると思う。
 日本と外国を比較することで、問題点も分かるし、しなくてはいけないことも知ることができると思う。自分がすごいと思ったことをきちんと卒業研究としてまとめたいと思う。

第1章 ドイツ
(1)ドイツ式システムの始まり

 1986年・・・ドイツでは廃棄物処理を所管する「連邦環境・自然保護・原子力安全省」がボンに設立され、その下に1974年連邦組織として「連邦環境庁」が設立された。
 昔ドイツは廃棄物はほとんど埋められ、その管理が悪く、問題になっていた。
 そこでドイツは1986年、廃棄物除却法の改正をし、それが廃棄物の発生抑制、再利用を優先して考えることの第1歩となった。
 その考えを広め、何がなんでもまず分別収集の回収率を上げようと努力した。その為分別コンテナを住宅近くにたくさん置き、国民の協力を徐々に得ていった。そして、ドイツの画期的なシステムとしてスタートし、その後どんどん発展していった。
 なぜドイツがこんなにもごみのリサイクルのシステム作りに成功したのだろう。
 それはドイツも昔、再利用できるリターナブル容器を重視してきたが、1回きりの使い捨てのワンウェイ容器も実は徐々に量が増えてきていた。これだけは日本と同じ様なところである。
 しかし日本と違う所は回収などに掛かるお金を負担させる、つまり「企業へのコスト負担」を徹底して求め、自治体などには一切負担させないことを決断した点だ。

(2)ドイツの決断

 ドイツでは4000万トンとも言われる都市ごみの中で包装材が半分にもなっていた。
 その為その対策が急がれた。その対策として1991年にドイツが出したのは"包装廃棄物規制令"という法律であった。
 包装廃棄物規制令とはどのような物なのだろう。そもそも”包装材”とは輸送用として段ボール・コンテナ、そして販売包装で消費者が持ち運ぶためや使用直前まで包んでいたびん、缶、紙袋、手下げ袋、そして販売包装をまた包装した二重包装の3つに分類されている。
 このねらいはごみの発生を回避し、そしてごみ処理とリサイクルが困難なプラスチックをなるべく使わない様にすることだ。
 その為、包装材及び包装用パック製品製造業者、販売業者は使用済みの包装材を自分の責任と費用で回収し、再利用しなければいけない。ただし、購入者から回収するシステムに企業が参加している場合は、回収の仕事を委託することができる。それは個人の企業に回収の義務は負わせるが、各々にそれを行うと費用がかかりすぎてしまうためである。

(3)企業がとった対策

 包装廃棄物規制法で厳しい回収責任を求められた企業は対策として、関連業界で共同出資をして、デュアル・システム・ドイチュランド=DSD社を設立した。
DSDシステムは、回収の為のシステムで、メーカー・販売者は包装材に対して、その回収・選別を保証するライセンス料をDSD社に払う。ライセンス料は包装材の種類・重さ・素材ごとに定められている。その費用でDSD社が消費者から包装廃棄物の回収とリサイクルをする。ライセンス料として払った事業者は、ごみ処理費を支払っている証明マークとして、包装に「緑のマーク」を表示することができる。
 それらにはお金が必要になってくる。メーカーはそれを製品価格に転嫁して、結局最終的には消費者が負担をしているということを国民も充分理解し、当り前となっている。
 事業者は回収の費用を負担しなくてはいけないため、包装が減るなど成果を上げた。

(4)回収してもらう・・・有料

 なぜこんなにDSDシステムが市民にきちんと定着したのだろう。その解決の前にドイツのやり方をもう1つ知っておく必要がある。
 それはドイツの住民は税金とは別にごみの処理の為にごみ代を払うことだ。ごみ回収が有料になっている。その費用は平均的な家庭で1ヶ月2100円くらいになるそうだ。
 市民としては、包装廃棄物を分別して、回収無料のDSDシステムに出せば、その分回収の手数料が安くなるということがあり、その上DSDシステムの為に企業も製品の価格にその分の料金を入れているのだから、国民はDSDシステムに出さなければ損である。
 なぜ日本もこの様なシステムが作れなかったかと言うと、ドイツはもともと自治体で回収、リサイクルが行われていない0の、余計なシステムがない状態だったので、1から新たにシステムを作る必要があった。そして、DSDシステムが発達することが可能だったわけとして、ドイツのごみ回収が有料なため、市民は包装廃棄物を分別してDSDシステムに出せば、その分のごみ代を減らせるという考えがあるということもある。
 日本にも似た様なシステムの”容器包装リサイクル法”ができる時点で、すでに全国の6割以上の市町村が、リサイクルをしていたため、ドイツの様に全国一律のシステムを作ることは無理だと考えられた。

(5)ごみをもっともっと減らす方法

(1)デポジット方式
 日本で大きく普及していて、確かに使うのは便利だが、大きなごみとして残る小型PETボトルはドイツでは売られていなく、ほんの少しだけあるPETボトルは大きなものだ。でももちろんそのPETボトルもきちんと回収されている。
 日本と何よりも違うのが、全ての飲料容器がほとんどデポジット方式で販売されている。
 しかしデポジットとは何なのだろう・・・
 デポジット方式とは、販売時に容器代を上乗せしておき、びんを返すとデポジット(空びん代)のクーポン券をもらって、そのクーポン券が金券として使えることである。PETボトルもデポジット方式である。
 そんな今のドイツで気づかなければならないのは、1992年であっても、飲料容器の80%がデポジットのついたリターナブルびんであったことだ。今後2000年までにリターナブルびんを94%まで上げることを定めている。だから、使い捨て容器はほんの6%しか使えないということである。
 ドイツばかりではなく、ヨーロッパのオランダ・オーストリア・デンマークなどリターナブルびんが主流である。
 日本の場合、1997年で90%が使い捨てであり、10%しかリターナブルびんが使われていない。

(2)スーパーマーケット
 ドイツのスーパーでは1つ1つの野菜や果物についた包装はほとんどなくバラ売りで、まとめ売りがなくなった。いわゆる"むき出し販売"というのである。そして日本ではごく普通に買い物をすればもらえるレジでくれる袋もお金を出さなければいけない。
 液体洗剤の容器も統一し、容器も軽く小さくした。それによってダンボールにたくさん入り、流通費用の節約もできた。この方法を知った私は、「なんてお得なやり方だろう」と思った。環境にもやさしく、その上メーカーは得もできて、合理的なやり方だと思った。

(6)プラスチックの問題

 日本はプラスチックを焼却する方向で減量しようとしているが、ドイツでは前まで回収資源は焼却禁止となっていた。しかし法律でエネルギー活用をしてもいいと認めた。ということはプラスチックを焼却してもいいということになるが・・・それをするには発生した熱はきちんと利用することや熱量の最低水準がきめられていたりと、とてもとても厳しい条件付きだ。この条件が厳しいかは私にはわからないが、ドイツの施設でこれをクリアできる所はない。だから認めたといっても実際には、エネルギー利用はされていない。だから実際にできないということは、いくら法律ができても焼却は不可能である。

(7)新しい法律

 近ごろ廃棄物の発生予防という新しい考え方の法律が誕生した。それは1996年10月に施行された「ドイツ循環経済法」という名の法律で定められている。目的は”天然資源の節約”で、廃棄物は所有者が捨てる物だけではなく、すべての製品や残余物を廃棄物として、生産者が処理の責任を持つということだ。そして3つの段階に分けて、それを回避のための優先順位とした。その順位とは、
(1) 工場生産の時から寿命の長い製品の開発やリサイクルしやすい設計や製造をして、廃棄物を回避する。
(2) (1)が不可能だった時は、材料やエネルギー源として再利用しなければならない。
(3) (2)をどうしても不可能な時だけ、環境によい方法で処理する。最も高い水準の安全性が保証されなければいけない。
 この様に、とても明確化していて、産業界にごみ処理へのハイテクの工夫を義務づけた。
 優先順位の(3)の様なものでどうしても再利用できなく、なおかつ有害な廃棄物は、地下の岩塩坑という地下800〜1000mの所に、カドミウム・クロム・ダイオキシンなどをふくんだものが種類ごとに頑丈なドラム缶に入れられて、技術開発される日を待っている。その貯蔵する為の費用は1トン28000円〜42000円で、それに対して日本の埋め立て地にあたる地表面に保管する場合は、1トンで42000円〜63000円ととても高くなっている。

(8)分別方法〜part1

 ドイツの分別の仕方を大きい町であるケルン市を例にとって説明しようと思う。
 容器は日本みたいな袋ではなく、ごみの容器である。生ごみは茶色の箱へ入れる。缶・紙・びん・包装材などリサイクルできるものは、各自処点へ持っていく。その他のものは灰色の箱へ入れる。
 飲料容器の80%はデポジット方式で店に持っていく為、公園などに置いてあるびんのコンテナはデポジットでないものを集める為のものである。缶・びん・包装材などはもちろん、チョコレートのアルミ箔まで22種類に分別されている。この例はほんの一例で、市によって多少異なる分別方法となっている。
 最近の新しい方法として、生ごみは生ごみ専用のごみ箱を市からもらい、生ごみは無料で市によって回収され堆肥になる。もちろん自分でコンポストを使って堆肥を作るのも認められている。しかし生ごみを回収に出す時に1つ注意されていることがある。それは料理の食べ残しは塩分を含んでいるので、生ごみ回収には出してはいけないことだ。
 その他、大きな包装材や、家電などいらなくなったものを、市のリサイクルセンターに資源として再利用できる物を運び、無料で引き取ってもらうことも、市民の日常の習慣として定着した。

第2章 日本
(1)日本ごみ処理の歴史

 人間は昔から、ごみを衛生的に処理するために、いろいろ考えてきた。貝塚のように埋めたのが、今の"埋め立て"につながっている。江戸時代にはごみが町じゅうにあふれてしまった。そこで幕府は、住民に専門の処理業者に、有料でごみ処理をさせる様にし、東京湾への埋め立てとなった。
 埋め立ての一方で、日本ではもうこのころからリサイクルも行われていた。リサイクルなどが制度的に定着したのは、何と日本が初であった。
 明治になり、豊かになってコレラなどの伝染病が流行し、業者だけでやっていた処理を市町村に義務づけた。
 大正から昭和にかけて、本格的な焼却炉が次々と作られた。
 歴史を見て、資源になるものをリサイクルしていたのが、1番早かったというのは信じられないと思うだろう。

(2)分別方法〜part2

日本の中でも東京23区の分別方法を見てみようと思う。分け方は3つに分けられる。
  可燃ごみ・・・生ごみ・紙ごみ・木くず・衣服など
    [袋]東京都推奨のごみ袋・フタ付の容器
    週3回
  不燃ごみ・・・プラスチック・金属・ガラス・乾電池・食品包装用ラップ・アルミホイル
    [袋]中身の見えるポリ袋、スーパーの袋、容器
    週1回
  粗大ごみ・・・イス・ベットなどの家具類・テレビ・クーラーなどの電化製品
    申し込み制で、事前に申し込み手数料を払う。

 この様に分けられるが、東京都は平成4年に新しい試みとして"資源ごみ収集"を始めた。なぜか?というと、今まで集められていたごみの中には紙・びん・缶など再利用可能なものも多く含まれていた。住民などの自主的な回収で集められている地域もあるが、その回収に出せない住民の為に、通常のごみとは別に収集する方法とした。
 収集の方法としては、可燃ごみ収集を減らした分の週1回、種類ごとにきちんと分別して、びんや缶は集積所毎にコンテナで排出する方法とした。
 大切なことは、資源を無駄にしないように分別の徹底をすることだ。
 これは平成11年中に東京23区に広めるとした。

(3)焼却炉の力

 東京都23区はこの様な方法を取っているが、ごみの分類収集の分類は、日本全国の各自
治体ごとに焼却炉の種類や耐性・埋立地の許容量などの諸事情によって異なる。だから分
類されているごみの内容も違い、同じごみでも自治体によって可燃・不燃の分け方が違う。
 横浜市の場合、"家庭ごみ"として、台所ごみ・プラスチックを一緒に出しても良い。そ
してもう資源ごみ回収が導入されている。
 千葉市も横浜市と同じ様な分け方をしている。
 はじめにの部分で書いた様に私のおばが言っていた焼却炉によって違うというのはどう
やら本当らしい。
 ごみが燃え始める着火温度は紙が200℃なのに対して、ポリエチレンは340℃にもなる。
その為昔の焼却炉でその高い温度に耐えられない炉はプラスチックは燃やせないというこ
とになる。だから東京都がプラスチックを分別するのは、おそらく東京都の炉が昭和40年
代初めに作られたちょっと古めのものだからであろう。
 プラスチックを分けるのが良い悪いではなく、住んでいるまちの炉によって違うことが
分かった。

おわりに

 世界がどんどん豊かになった。使い捨てという方法を取ることによって、時間が節約されて、便利になった。それによって時間は減少したが、ごみは増加してしまった。
 今回私はドイツのリサイクルのことについて書いてある本を何冊か読んでいて、リサイクルは気持ちかなと思った。リサイクルは義務化されていなければめんどくさかったら、やらない人もいるだろう。しかしドイツは国全体がしないのはおかしいという雰囲気になっているのではないだろうか。それに国民がきちんとどうしなくてはいけないと深く理解し、何よりもごみを出さない生活をしているのだと思った。意識の差である。
 けれどこれをそっくりそのまま日本がまねしても、おそらく無理だろう。それにドイツの様にごみ回収が有料でないから、少しでも減らして得をしようと、そうゆう気持ちが働かないのかも知れない。
 ごみをどうやって減らすか、と言って「ごみになるものは買わない」や「ビニール袋などはもらわないで、過剰包装は断る」と言っても、努力はすればかなり減らせるかも知れないが、徹底的ではないだろう。もうデザインや作る時点での問題だと思う。
 使い捨ての容器を使うのは良くないから今すぐやめようなどは無理なことである。大切なのは、できるだけ使わないようにして、ちょっと手間がかかってもごみには出さず、少しだけかんばってリサイクルをすることではないか。私は今回このテーマで研究して、ドイツの人たちは本当にすごい気持ちを持っていると思う。日本にも少しずつでいいからそうゆう気持ちを持つ人がたくさんいる様になってほしいし、自分自身、この研究はとても大変だったけれど、ごみを出さない生活を心がけたいと思った。

参考文献
最後にこの研究で私を助けてくれた本を紹介したいと思う。
題名 著者 出版社
○ ヨーロッパリサイクル事情 松田美夜子 日報
○ 欧州三国すてきなごみ紀行 松田美夜子 日報
○ 世界のすてきなごみ仲間―ごみと地球と人間と 松田美夜子 日報
○ リサイクル世界の先進都市から 田中勝・
杉山涼子
リサイクル文化社
○ ごみ処理 津川 敬 三一書房
○ ごみ問題をどうするか 森下 研 岩波書店
○ ゴミダス 坂本雅子・
田中陽子
小学館
○ ごみ焼却排熱のおもしろ科学 石川禎昭 理工図書
○ リサイクルでゴミをへらそう 佐島群巳 ほるぷ出版
○ 東京リサイクルハンドブック 東京都清掃局
○ ビデオ―てくてく大田5「環境エコロジー」 大田区

その他(お話をきいた人など)
○ 千葉県浦安市クリーンセンター
○ 横浜市―環境事業局・市役行務課
○ 東京清掃局パンフレット
○ NHK(テレビ)
『NHKスペシャル・世紀を越えて
地球豊かさの限界(6)ゴミの逆襲・氾濫から脱出できるか』

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