| 「世 界 中 の 日 本 と 私」 |
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小さい頃からの夢は「アメリカに行くこと。アメリカに住むこと。そしてアメリカ人になること」だった。どうしてそんなにアメリカに憧れていたのかは今でもわからないけれど、自分の生まれた国であり、自分のルーツのある日本よりもはるかに強い気持ちでアメリカを想っていた。「アメリカはこうだから」「もしも今アメリカにいたら」毎日毎日アメリカを夢見ることで過ぎていった。日本のことなど何一つ見ようとせず、ただただアメリカばかりを見ていた。特に、アメリカの良いところだけを見ていた気がする。もちろん、本の中やテレビの中でしかアメリカを知ることが出来なかったのだから、そうなっていくのも仕方なかったのかもしれない。そんな風にアメリカを夢見る毎日が気付かぬうちに始まってから10年近く経った去年、16歳にして自分の一つ目の大きな夢を叶えるチャンスがやってきたのだった。
自分の中のアメリカ。良いことばかり、楽しい毎日は嫌がおうにもやってくる、アメリカはどこか特別な場所なのだ。そんな風な私のただの思い込みはそう簡単には壊されなかった。もちろん言葉の壁や文化の違いに苦しんではいたけれど、大して気にもならないほど、ただアメリカにいることが嬉しくて仕方なかった。そんな夢のような毎日が半年ほど過ぎていた。その頃になると、アメリカにいる自分の姿がとても当たり前になっていて、大した感動もなくなっていた。毎日毎日ただただ当たり前に過ぎていく、どうして自分はあんなにもここアメリカに憧れていたのだろう。ホームシックにかかっていたのもあり、日本にいた頃のようにアメリカを特別視することが出来なくなっていた。けれど、それは普通の事なのだ。日本とアメリカの間に何の大きな違いもない。そこには人が住んでいて、言葉を話してコミュニケーションをとり、生きていた。アメリカにいようと日本にいようと、あるいはどこか他の国にいようと私は私であり、他の誰にもなる事はできないし他の誰にも変えられる事はないのだ。
日本人の私はあまり自分の意見もはっきり言えず、人に合わせる傾向があった。誰かと競争をしても別に勝ちたいと強く願うこともなかった。言ってみれば、受身の姿勢でただ待っていることが多かった。そんな事を今まで気にした事も特になかったし、まさかそれが日本人特有のものだとは思っていなかった。そして一番強く自分は日本人なのだと感じさせられたのは、日本について何も知らなかった事だ。出会った友達に日本について聞かれても、十分に受け答えられた事など一度もなかった。思い出せば、日本で普通に生活している分にはそんなに深く日本について知る必要など何にもなかった。友達に日本について聞かれることなど、一生のうちに一度もないと言っても過言ではないと思う。なぜなら日本は島国でここには日本人しかいないから、あえてその国について説明する必要など全くないからだ。
日本の中にいる限り、日本の文化や伝統について興味を持つことも少ないだろう。周りの人たちのほとんどは、詳しいとは言えなくてもある程度は知っているだろうし、あえて説明する機会もないだろう。そういう中にいるから、自分の国の事よりも外へ外へと目が向いていくのかもしれない。そしてその事がなせ私があんなにもアメリカを想っていたかの理由なのだと思う。アメリカには色んな国の人たちがいて、それぞれの文化や言葉をアピールしあって、認め合っているような気がした。自分の国に相当の誇りを持って、自信満々に国の事を語る友達の姿を見ていると、日本の事を何も知らない日本人の私はとても恥ずかしかった。日本にしか住んだことがないのに、日本語しか話せないのに、日本について何にも知らないのだ。それどころか、自分の国である日本のことを好きではないし、良いところよりも嫌なところをたくさん知っている。けれどそれは私に限らず、多くの日本人に当てはまる事実だと思う。島国だから、他の国の外国人がいないから、日本の文化は良くないから。いくらでも言い訳はできるかもしれない、けれど絶対的にこのままでは良くない。私だってもっと日本をアピールしたい、世界中の人に日本を知ってもらいたい。日本人が自分の国を好きになる、日本に目を向ける一番初めのステップになれるような人になりたい。そして日本を世界中で一番素敵な素晴らしい国にしたい。
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