「階段の踊り場にて」
2001年12月6日 高学年保護者会
A.A.ミルンという人がいます。『熊のプーさん』で、有名ですね。この人の書いた詩に「階段を半分降りたところ」という作品があります。その一部をご紹介します。
階段を半分降りたところに / ぼくの坐る階段があるんだよ・・・
ぼくはいつでも / そこでとまって坐るんだよ。
階段を半分昇ったところは / 上のほうでもないし / 下のほうでもない
そこはママのお部屋でもないし / 町の通りでもない
だから、いろいろなおもしろい考えが / ぼくの頭のなかを駆けめぐるんだ
それは、ほんとうに / どこにもない、いいところなんだ。
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児童は階段の昇り降りが大好きです。ジャンケンで昇ったり降りたり、ゲームにしています。その動作は、成長と発展のプロセスを反映していますし、向上しようとする人間の精神の発露であると申せましょう。
さて、この少年は上のほうでもないし、下のほうでもない、その中間の、階段の踊り場のような所が、お気に入りだというのです。そこはママのお部屋でもないし、町の通りでもない。そこに、少年は自分の居場所を見出しているのです。
私たち大人は、ここに少年たちの位相を見てとることができます。即ち、一方で、成長してきた自分について自信と満足感とを感じています。昇ってきた階段の踊り場からガラス窓越しに外を見ると、町の通りが見おろせるのです。けれども他方で、少年はママとは違う自分を感じ出しています。彼はママとの間に、ある距離をつくり、そこが居心地が良いと感じているのです。「階段を半分降りたところ」と少年が言うのは、彼がママのお部屋から出て、自分になじむ所まで降りてきたことを告げているでしょう。
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このような〈中ほど〉の位相にある自分に気づき出すのが、皆さまのお子たち、高学年の児童です。
二つの方向から、事態を捉えてみることにします。第一に、この時期の児童の自己認識として、大事に、注意深く見守ってあげたいという点です。その自己認識は、成長の喜び、達成の満足、発見の感動などによって自覚されています。同時に、ママとは違う自分、大人にはなっていない自分、その自分を確保したいのです。これらの自覚は、自我の目覚め、独立心の芽生えですから、大切に支えてあげたいものです。その位相を認めてあげ、褒めてあげるのが大切です。第二に、彼らは〈中間〉の位置がなかなか確認できなくて、しばしば情緒不安定です。自分の居場所に固執したり、突然飛び出してきたり、行動が未定型です。それらを赦し、受け容れ、見守って頂きたいと思います。
校長 小倉 義明
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