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01/03/21 聖学院 「聖学院教育会議 報告書」

聖学院教育会議 報告書基調講演より
まず魂よりはじめよ----教育のゆくえ

理事長・院長 大木英夫

政府はことし「教育改革国民会議」なるものを設置しました。聖学院の教育会議は、もっと早くから、今日の日本の教育の問題を重視し、三年前に学・校長会で決定したものであります。政府の「教育改革国民会議」と「聖学院教育会議」とは、期せずして教育問題の取り組みにおける官と民との競合という形となっております。もちろんよいことは、どこからでも積極的にやってよいのであって、何も先だ後だと争う必要はありません。しかし、それはただ官と民の違いというだけでなく、思想が違う、また目指す目的が違うことが、明らかとなってきています。 二つの会議の違いは、一方は森首相の政治的意図をもって始められ、他方は一学校の教育的意志をもって始められたということであると思います。

今年の七月中曾根康弘元首相の『二十一世紀日本の国家戦略』という本が出ました。聖学院大学の阿久戸副学長のすすめで最近読みました。驚いたことに、この本は、森首相が「教育基本法の抜本的改正」を言うその背後のプロンプターが実はこの人であることをよく示しているのであります。このような背後にあるものを一般に提示してくれたことは、一種の情報開示であり、国民にとってよいことだと思います。森内閣の動きは、この中曾根氏の思想において解釈できる、とくに教育に関する問題では、その背景がよく理解できるのであります。

中曾根氏は、1982年から1987年まで約五年政権の座にあった人で、五十五年体制における経済復興自民党政治のアンカーをつとめた政治家でありました。むかし、吉田茂は、自らを「臣茂」と称してデモクラシーをわきまえぬと批判されましたが、中曾根氏は公然と「おとど」(大臣)と自称する、心の底に古い意識を残した政治家であって、彼の時代に戦後経済復興はその頂点に達し、そして日本主義なるものが台頭したのであります。吉田氏は、葉巻を口に英国風を真似た紳士的なところがあったが、中曾根氏の場合はいわば一所懸命の関東武士の総大将みたいなところがあって、別なタイプであります。この本で中曾根氏はみずからを「アロガントなスピリット」と称しています。それはむかし参謀や上級将校に見られた精神のタイプであります。残念ながら英語の「アロガンス」にはよい意味はまったくありません。傲慢横柄で、罪を悔い改めることをしないという悪い意味をもっているのであります。こういうアロガントな政治家を取り上げることは気が重いことですが、本日ここに開催される聖学院教育会議の性格や使命を明らかにするためには、避けがたいことであると思います。

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