NTS教育研究所NTS教育研究所
ホーム学校リサーチ:学校刊行物男子校本郷中学・高等学校 「父母の会広報 本郷」

01/05/11 本郷中学・高等学校 「父母の会広報 本郷」

父母の会広報 本郷
「父親」特集
親父はこのままでいいのか

本郷は男子校なのに日頃の保護者会や父母の会に参加しているのは、ほとんどが母親です。難しい年頃の子どもの教育に父親が参加しないと、父親は教育から逃げていると言われかねません。そこで有志4人のお父さん方に話し合っていただきました。

■俺たち親父の時代はこうだった

野村:
私の中学の頃は、メキシコオリンピックの時で、釜本らのサッカーの頃でした。

吉田:
私が中3の時に東京オリンピックでした。音楽は舟木一夫。

小林:
それにビートルズ良く憶えています。

勝谷:
私は兄弟が多かったので、喧嘩もしましたが、それもいい思い出です。中学の頃は、昼休みには、相撲やプロレスをしていました。弾みで喧嘩にもなりましたね。家に帰れば外で泥だらけになって遊んでました。

野村:
私はサッカーやってまして、学校が終わればボールを蹴ってるか野球をするか、異常なほど動き回っていましたね。

小林:
私は家にカバンを放り出したら、広場で野球やって、お腹がすいたら家に帰るって感じでした。受験勉強のために塾に通いましたがサボッて、友達の家で「姿三四郎」のテレビを見てました。高校の時はよく映画を見ました。あまり悩みもなく、本は読まなかったです。

吉田:
学校の昼休みは、ドッヂボールでしたね。


■こわかった親父、今の子供たちは?

勝谷:高校時代は、うるさいおふくろから逃れたかったですね。大学受かれば東京に行けると思って一生懸命勉強しました。

吉田:
私は東京生まれで、この本郷に近いところで育ったんですが、父とはあまり話をしたことがなくて、父がここ本郷の卒業生だったことも知らなかったほどです。

小林:
私は、父が技術者だったのでいざなわれて機械の方に進みました。工業大学の附属高校で、受験も無くそのまま進学しました。時代背景は、高度成長期でしたしモータリゼーションの時代で、工業化の波に乗って自分も将来こうなるんだと思っていました。

 親父とは一緒に遊んだということもないしちゃんと話をしたこともないですが、なんとなく息子をいざなっていたのか、工業高校時代は楽しかったです。

野村:
親父は厳しくてね。昔の人間ですから口数少ないですが押さえるところはビシッと押さえていた。親が厳しいので、悪いことは出来ないなと頭の中でいつも思ってました。

勝谷:
今の子は、動植物に対する感性が欠如していますね。子供に感性を植え付けるのは、親の義務なんですがね。自分の部屋に閉じこもってパソコンゲームやってる。体使わず夜更かししてスカッとしない。だらしないですね。しかし、言っても変わるものでもないしね。

吉田:
今は、カラオケ・ファミコン・携帯電話。昔は本をよく読み、手紙を書いて文通したり。遊びも情報も変わりました。

野村:
息子は帰ってくると自分の部屋に入ってしまいます。きっと今日習ったことを復習してるんだと思ってますがね。(笑)

吉田:
昔は共稼ぎが多く「鍵っ子」というのがあったんですが、それが今は単身赴任で母子家庭。ちょうど子供が中高生の思春期の頃、サラリーマンは飛ばされやすくて、父親が家庭の中で、「たまに来るお客さん」になっている


■本郷受験や学校行事とのかかわり

野村:私は中学は公立でいいと思っていたんですが、家内がどうしても中高一貫をと言うので、押さえの学校に先に合格して結構なお金を捨てて、ここに入学しました。

吉田:私も受験の時には学校はずいぶん回りましたね。でも、息子がおじいちゃんの後を継ぐと言ってここを受けたんです。

小林:うちも中高一貫を家内と手分けして回りました。本郷は、自分の学校に似ていて好きになりました。巣鴨の繁華街を抜けてくるのに土のグランドだし。

勝谷:いいですよね広いグランドで。

小林:スポーツも強いし考えもしっかりしている。校長先生のおだやかなムードもよいし。

勝谷:本当、本当いいですよ。学校には時間の許す限り私が来ようと思っています。普段家庭を顧みない罪滅ぼしという意味と私が学校に行くことでいい意味で息子にプレッシャーを掛けようと思って。

吉田:本郷祭にはほとんど来ています。面談やクラス懇談会も私が来るんですが、男親は私一人ということもあるんだけど、来れば何かしらいいことがある。

小林:この学校に来ることが私は好きです。私も本郷祭には全部来てます。

野村:息子が中学のときの本郷祭は皆勤です。高校になってからは、接し方も変えていかねばと思い少し遠慮してます。


■これからの男親はどうあるべきか

吉田:私が心がけているのは、3人の息子それぞれに共通話題が提供できればいいと思っています。本郷中の三男は将棋をやるんで、私もうまくないけど将棋を指します。昔はキャンプしてましたが、今は家族でチームを組んで年2回市民駅伝に出るんです。共通のやることがあると達成感があります。一緒に何かすると息子が何考えているかわかるし、そこからまた話が広がっていく、そんな時間があることはいいことだと思います。

野村:私は「男も台所に立て」と思っているんです。家内も仕事しているんで、私が夕飯作って、息子とああだこうだと言いながらテレビ見て、友達づきあいです。そこで息子が普段考えていることを察します。息子が考えてることを読み取るんです。息子の学校生活の中での緊張を親が感じ取ってやらないとと思っています。普段が大事だと言うことです。

勝谷:小さい頃はよくしゃべっていた息子が、中学の頃から話さなくなってきまして、女房はそれが不満のようです。話し掛けても返事がないから、ブツブツ言ってますが、だいたい母親が子供にかまい過ぎです。それから母親はお願い口調でしょ。親父なら「もう遅いから寝ろっ」、それが母親は「もう寝てよ」でしょ。男親でも女親でも親は子供に命令口調で言うべきです。

 息子とは親身で将来のことを話したいと思ってます。口では「おまえの将来なんだから自分で考えろ」とは言いますが、何かあった時には父親に相談してくれるように、絆というか、繋がるところさえ繋がっていればいいと思っています。親父は厳しくかつ優しい関係でありたい。

野村:
昔から「親の背中を見て育つ」と言いますが、親父は子供に弱い背中を見せちゃいけないんじゃないかなって思うんです。親父の背中が丸まってて、何考えてんだろう、なんてなしぐさすると、いや実は金がないんだよなんて………

勝谷:いや本当に金がないんですよ。

野村:いやそれを見せちゃいけない。

勝谷:見せません、見せません。

野村:「おまえが言って来たことは何でも聞いてやる」と、強い親父でなければいけないんじゃないかと思っています、理想ですけど。息子がどういう風に私の背中を見てるかわからないけど、胸張って立派な背中見せてやればいいのかなって思ってます。息子も成長すれば変わってくるだろうし、それを受け止めてやることから逃げちゃだめです。

吉田:私は普段から一緒の時間を作って、観察し観察されることだと思います。それに、子供と接する時間が多い私の嫁さんが相談してきた時にちゃんと乗ってやる、そして、必要な手を打つことを面倒くさがらないことが大切です。

小林:
一人息子で手をかけて「お父さん子」といわれるくらいに育てました。それが、中学になって段々しゃべらなくなってきまして、親離れ子離れが始まっています。しゃべってもうまくかみ合わないので、私は意識して怒っているとかうれしいとかを態度や顔の表情に出すようにしてます。言葉の代わりのコミュニケーションです。というのも、私の親父は言葉では誉めてくれなくても、その気持ちは伝わってましたから。それに「俺はおまえに関心を持っているんだ」ということを伝えられればいいと思います。おまえのことを物足りなくも思っているし、頼もしくも思っていると言うことをね。

勝谷:我が家でも息子がしゃべらなくなってきたので、朝の挨拶を必ずするようにしてます。家族で習慣づけていけば、息子だって自分だけ言わない訳には行かない。なんで親がこんなことまでとも思うんですが、こっちから話し掛けるようにしてます。

このページのトップへ▲
ホーム学校リサーチ:学校刊行物男子校本郷中学・高等学校 「父母の会広報 本郷」